NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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日本のホスピス50周年記念シリーズ講演 第3回目開催のお知らせ

日時
2022年7月23日(土)
14:00~16:00

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演会

  『 ホスピスのこころの医療( HOSPICE MINDED MEDICINE ) 』

シリーズ全8回講演の第3回目を開催致します。

現在、新型コロナウイルスの感染拡大防止の為、引続きオンライン(ZOOM)での開催 となりますこと、ご理解とご協力をお願い申し上げます。

第2回目の講演要旨は、現在ホームページ内にて更新しておりますので、そちらも是非ご覧ください。

  第 3 回  山 崎 章 郞 氏

    「『病院で死ぬということ』から30年-変わったこと、変わらなかったこと、

                          そして、これからのこと 」

      日 時 : 2022年7月23日 (土) 14:00 ~ 16:00

     視聴方法 : ZOOM によるオンライン配信

【視聴方法】・・・以下のいずれかの方法でご視聴ください。

(1)このページ内、専用申込フォーム(一番下)からお申込みをされる方。

専用フォームより送信後、ご入力していただいたメールアドレスへZOOM視聴用URLを配信いたします。

(2)ZOOM公式サイトから直接視聴される方。

ZOOM公式ページへアクセス(公式サイト https://www.zoom.us/)し、ウェビナーID・パスコードを使用してご視聴ください。※ID・パスワードはチラシ内に掲載)

(3)QRコード読み取り(チラシ内に掲載)

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演会申込

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備考

 

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演(第2回)を開催しました。

ホスピスのこころ研究所では、日本のホスピスケアが2023年で50周年を迎えるのにあたり、シリーズ講演として当NPO法人が主催し、ホスピス財団、日本ホスピス緩和ケア協会、日本死の臨床研究会が共催のもと開催しております。今回は2回目となる講演を2022年3月12日(土)にオンラインで開催しました。

 

講演には北大病院で臨床看護師、北大看護学校教務主任、北大病院看護部副部長を経験し、その後ホスピス・緩和ケアを標榜する医療法人東札幌病院で経営・管理・教育・臨床に携わってこられた、石垣 靖子先生に『還りみて、いま~「ホスピスのこころ」に寄せて~』という題で、お話していただきました。

(右上:石垣靖子先生、下:前野宏)

  

第1回目講演に続き、全国の医療従事者、一般市民を中心に多くの方に参加していただき、当日参加者は約325名の方が視聴されました。講演の内容は下記【講演要旨】よりご覧ください。

【講演要旨】※本内容は当法人がまとめたものです。石垣先生の講演趣旨と

異なる場合があることを、あらかじめご了承ください。

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演 第2回目開催のお知らせ

日時
第2回目講演は終了いたしました。

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演会

  『 ホスピスのこころの医療( HOSPICE MINDED MEDICINE ) 』

シリーズ全8回講演の第2回目を開催致します。

現在、新型コロナウイルスの感染拡大防止の為、引続きオンライン(ZOOM)での開催 となりますこと、ご理解とご協力をお願い申し上げます。

第1回目の講演要旨は、現在ホームページ内にて更新しておりますので、そちらも是非ご覧ください。

  第 2 回  石 垣    靖 子 氏

    『還りみて、いま~「ホスピスのこころ」に寄せて~ 』

      日 時 : 2022年3月12日 (土) 14:00 ~ 16:00

     視聴方法 : ZOOM オンライン配信 

視聴方法:以下のいずれかの方法でご視聴ください。

(1)このページ内、専用申込フォーム(一番下)からお申込みをされる方・・・

専用フォームより送信後、ご入力していただいたメールアドレスへZOOM視聴用URLを配信いたします。

(2)ZOOM公式サイトから直接視聴される方・・・

ZOOM公式ページへアクセス(公式サイト https://www.zoom.us/)し、ウェビナーID・パスコードを使用してご視聴ください。※ID・パスワードはチラシ内に掲載してあります)

(3)QRコード読み取り(チラシ内)

ご不明な点がございましたら011-803-4254(事務局)までご連絡ください。

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演ー第1回ーを開催しました。

ホスピスのこころ研究所では、日本のホスピスケアが2023年で50周年を迎えるのにあたり、シリーズ講演を企画し、その1回目となる講演を開催しました。

初回は、北海道空知郡奈井江町生まれ、1959年、父の跡を継ぐため奈井江町に戻り、開業医となり、これまで地域を支え、学び、そして実践。日本のホスピスケアを築きあげてきた一人でもある、方波見康雄先生(95)に、「人間の生き方としてのホスピス緩和ケア~町医者の視点から」という題で、お話していただきました。

      

                 (方波見先生)          (左から前野理事長、方波見先生)

本講演は、当NPO主催とし、ホスピス財団、日本ホスピス緩和ケア協会、日本死の臨床研究会が共催のもと、2021年11月13日(土)に、オンラインで全国に配信し、約150人が視聴しました。講演の内容は下記の【講演要旨】をご覧ください。

【講演要旨】※本内容は当法人がまとめたものです。方波見先生の講演主旨と

異なる場合があることを、あらかじめご了承ください。

 

次回シリーズ講演の詳細は決まり次第、ホームページまたはフェイスブックにてお知らせいたします。


「ホスピスのこころを大切にする病院ー新しい医療を目指してー」書籍紹介

札幌南徳洲会グループの総長、また当NPOの理事長でもある、前野 宏が書籍を出版しましたので、ご紹介します。

札幌南徳洲会病院新築移転記念出版

「ホスピスのこころを大切にする病院ー新しい医療を目指してー」

お近くの書店でお求めください。

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演 第1回目開催のお知らせ。

日時
現在開催の予定はありません。

日本のホスピス50周年記念シリーズ講演会を開催

  『 ホスピスのこころの医療( HOSPICE MINDED MEDICINE ) 』

 

日本のホスピスケアは1973年、淀川キリスト教病院で始まったと言われ、2023年は、それから50周年に当たります。そこで当NPOでは、記念してシリーズ講演会を企画しました。シリーズ全8回の講演を予定しており、今回はその第1回目となり、ZOOMでのオンライン配信で開催いたします。

  第 1 回  方 波 見 康 雄 氏

     「 人間の生き方としてのホスピス緩和ケア~町医者の視点から~ 」

       日 時 : 2021 年 11 月 13 日 (土)  14:00 ~ 16:00

     視聴方法 : ZOOM オンライン配信 

視聴方法:以下のいずれかの方法でご視聴ください。

(1)このページ内、専用申込フォーム(一番下)からお申込みをされる方・・・

専用フォームより送信後、ご入力していただいたメールアドレスへZOOM視聴用URLを配信いたします。

(2)ZOOM公式サイトから直接視聴される方・・・

ZOOM公式ページへアクセス(公式サイト https://www.zoom.us/)し、ウェビナーID・パスコードを使用してご視聴ください。※ID・パスワードはチラシ内に掲載してあります)

(3)QRコード読み取り(チラシ内)

ご不明な点がございましたら011-803-4254(事務局)までご連絡ください。

2020年10月10日に開催した、オンラインシンポジウムの記録を掲載しました。

掲載に至るまで大変遅くなってしまいましたが、2020年10月10日(土)に開催致しました、ホスピスのこころ研究所主催「出版記念オンラインシンポジウム」のシンポジストによる発表をほぼ全文下記に掲載いたします。

 

1.ご挨拶

志真泰夫(日本ホスピス緩和ケア協会理事長)

 

本シンポジウムの後援3団体、日本緩和医療学会、日本ホスピス緩和ケア協会、日本死の臨床研究会を代表してご挨拶いたします。

まず、私の無理なお願いを快く引き受けてくださった、NPO法人「ホスピスのこころ研究所」理事長前野宏先生はじめ、スタッフの皆様に心から感謝いたします。

春陽堂書店から出版された2冊の本『柏木哲夫とホスピスのこころ』、『シシリー・ソンダースとホスピスのこころ』は、ホスピスを歴史的源流とする日本の緩和ケアのあり方に深い洞察を与えてくれる本です。本シンポジウム全体のテーマ「ホスピスのこころそして緩和ケアの精神」は歴史的源流としての「ホスピスのこころ”heart”」、 それが進化した「緩和ケアの精神”mind”」はどのようなものか、ホスピスのこころを受け継ぐ3人のシンポジストとゲストとして参加される著者の柏木哲夫先生、小森康永先生の対話を楽しみにしております。

なお、2020年10月10日は世界ホスピス緩和ケアデーであります。世界各国のホスピス緩和ケアの普及を願う人々と連帯して、このシンポジウムが開催されていることを申し添えます。

 

 

2.出版の経緯について

前野 宏(NPO法人ホスピスのこころ研究所理事長)

 

ホスピスのこころとはホスピス緩和ケアの歴史の中で受け継いできたホスピスの精神、本質、原点、真髄といった事柄です。

「ホスピスのこころ」と「ホスピスマインド」は同じように用いられています。

我が国にホスピスが紹介された頃は、多く用いられていたと思います。その意味するところは「ホスピスのこころ」とほぼ同じではないかなと推測します。しかし、「ホスピスマインド」を英語で調べても出てきません。つまりこれは和製英語であると思われます。それはともかく、ここでは「ホスピスのこころ」と「ホスピスマインド」は同じ事柄を表しているということにしたいと思います。

さて、1996年7月に札幌において第1回日本緩和医療学会が開催されました。この時、柏木哲夫先生は大会長講演の中で、札幌農学校出身の聖書学者であります内村鑑三の言葉を引用し、次のように話されました。「真理は一つの中心を持つ円のようなものではなく、二つの中心を持つ楕円のようなものである。緩和医療学会は科学とアート、二つの中心を持って発展しなければならない。」柏木先生はこれらの二つのバランスが重要であると言われましたが、それから24年が経過し、そのバランスは大きく科学の方に傾いていると言わざるを得ません。

それでは、私たち医療者は終末期患者さんの前でどのような存在であるべきでしょうか。今の柏木先生のお話によると、私たちはまず医療者として存在します。その時に私たちが寄って立つところは科学、エビデンスです。そして、もう一つはひととして、そしてその時に私たちが寄って立つところは「ホスピスのこころ」であると思います。もはや病気と闘う強い医療者としてではなく、患者さんと同じ弱さを持った一人の人としてその人に仕えるべきであると思います。

私の医師としての経歴の中で「ホスピスのこころ」がいかにして形成されていったかをお話ししたいと思います。私は医師となってから35年、ホスピス医となってから27年が経過しました。2001年に現在の札幌南徳洲会病院の前身であります札幌南青洲病院院長になってから20年目になります。2003年にホスピス病棟を開設し、2008年に在宅緩和ケア専門の診療所でありますホームケアクリニック札幌を開設しました。そして2018年、NPO法人「ホスピスのこころ研究所」を立ち上げました。

私は医学生時代にホスピスを知り、その後ホスピスの虜となった、謂わばホスピスオタクといっても良い存在であります。柏木哲夫先生との出会いが全ての始まりです。私は医学部学生時代に柏木先生がお書きになった本を通してホスピスを知り、ホスピスの魅力に引き込まれていきました。そしてとうとう憧れの柏木先生にお会いする日が来ました。私が外科医の3年目のことでした。この日、1987年8月31日、私は柏木先生のホスピス回診に同行させて頂きました。そして、この日は私が「いつかホスピス医になるのだ」という決意をした記念すべき日でもあります。そして、この時の体験を通してやがて「ホスピスのこころ」という考えに至ります。

当時私がホスピスで感じた急性期医療とホスピスケアの違いは次のようなものです。まず第一に驚いたことは、患者さんの周りに医師達が座るということです。患者さんの傍らに座ることにより、患者さんと医療者の間の物理的な上下関係がなくなります。患者さんの傍らに座る目的は患者さんのお話を聞かせて頂くことです。二番目には患者さんばかりでなく、患者さんのご家族のお話しもしっかりと聞かせて頂くということです。三番目はチームの関係性が医師が上でそれ以外が下という縦の関係ではなく、全ての職種のスタッフが対等の関係であるということでした。現在は当たり前であるこのようなことが当時はとても新鮮でした。これらのことによりホスピスのこころの本質は患者さんも医療者も人と人とが平等・対等であるということだと思います。

私は2001年に札幌南青洲病院院長に就任した時に、病院運営の理念として「ホスピスのこころを大切にする病院」を掲げました。ホスピスのこころという考え方によって病院運営をしようと考えました。

「ホスピスのこころとは弱さに仕えるこころである」と定義しました。これは患者さんも医療者もいずれ死に行く同じ弱さを持った人として平等対等であるという考え方です。「仕える」という言葉には私たち強い立場の医療者が弱い立場の患者さんの目線まで意識的に降りてゆくという積極的な意味があります。

ホスピスのこころのルーツはキリスト教に遡ることができます。新約聖書の中で、イエスキリストが十字架に付けられる前の日に最後の晩餐が行われたことは皆さん良く知っていると思います。しかし、その同じ時に弟子達はイエスの足を洗ったということはあまり知られていないと思います。イエスは弟子たちに「私があなたがたにしたとおりに、あなたがたもするように、私はあなたがたに模範を示したのです。」(ヨハネの福音書13:15)と言いました。要するに、「人に仕えるものになりなさい。」というメッセージです。

ホスピスのこころは患者も医療者もいずれ死にゆく同じ弱さを持った人として平等・対等であるという考え方ですが、私はホスピスのこころは終末期医療ばかりでなく、医療全体の原点であるという風に考え、病院運営を行ってきました。2003年にホスピスのこころの象徴的な場としてホスピス病棟を開設しました。その時に柏木先生にお越し頂き、記念講演を行って頂きました。

ホスピスのこころを病院の理念としてから20年目になりますが、私たちは日々の実践を通して「ホスピスのこころ」が病院をどのように変えたか考えてみました。この間、理念が職員の間に浸透し、病院が良い方向に変わってきたことを実感しています。具体的には

・患者さんと職員の距離が近くなった

・患者さんにとって“やさしい”病院となった

・職員が患者さんと家族を一体と見なすようになった

・職種間の距離が近くなり、仲間意識が強くなった

・患者さん・職員にとって“安心できる”場になった

札幌南徳洲会病院は来年7月に新築移転致します。緩和ケア病棟は現在の18床から20床+20床の40床になります。同じ敷地内に「地域緩和ケアセンター」を新築致します。その中にホームケアクリニック札幌や緩和ケア訪問看護ステーション札幌が入ります。新たに市民のための相談コーナーも作り、地域と病院の橋渡しの役割も目指します。これらの施設により、ホスピスのこころの集大成をしてゆきたいと考えております。

2016年10月、札幌市で第40回日本死の臨床研究会年次大会が開催されました。その時のテーマが「深めよう、広めようホスピスのこころ」でした。お陰様でこの大会は成功裡に終わりましたが、私はこのテーマをさらに押し進めてゆきたいと考えました。

そこで誕生したのが、NPO法人ホスピスのこころ研究所です。2018年6月13日に設立記念講演会が開催されました。特別講演の講師として福岡から栄光病院の下稲葉康之先生にお越し頂きました。下稲葉先生も病院理念にホスピスのこころを掲げておられます。

そして、昨年から今年1月にかけて、このNPOの最も重要な企画でありますシリーズ講演会「ホスピス緩和ケアの原点-ホスピスのこころ-を極める

柏木哲夫とシシリー・ソンダース」全6回が札幌市で開催されました。

シリーズ講演会に先立ち、柏木先生に「ホスピスのこころ」を表す三つのキーワードを掲げて頂きました。それらは「寄りそうこと」「人間力」「ことば」です。私はせっかくの機会なので、近代ホスピスの生みの親であるシシリー・ソンダース先生の考えるホスピスのこころについてもどなたかにお話し頂こうと考えました。この企画にうってつけの先生がいました。2017年に2冊のシシリー・ソンダースの論文集を出版された愛知県がんセンターの小森康永先生です。私が名古屋に伺い、NPOの企画について相談しますと、「私が柏木先生の講演の後にシシリー・ソンダースになりかわって、イタコ(死んだ人の言葉を話す人)になって同じテーマでお話ししましょう。」といとも簡単に言われました。私は拍子抜けしたのですけれども、今回の企画はまさに小森先生抜きでは実現しなかったであろうと考えております。講演会には毎回、多くの参加者がありました。そして、毎回アンサンブルグループ奏楽の音楽付きでした。

そして、このたび春陽堂書店さんのご協力の下にこれらの講演会を元に2冊の本が完成致しました。本当に感謝です。そして、今回志真先生の妄想が現実となり、志真先生のご提案でこのシンポジウムが実現することとなりました。

当NPOはこれからもホスピス緩和ケアがサイエンスに傾きすぎないようにホスピスのこころを深め、広める活動をしてゆきたいと考えております。

 

3.シンポジスト 1

神谷浩平(一般社団法人MY wells地域ケア工房)

「ホスピスと緩和ケア~歴史を知り、感じるままに~」

 

貴重な機会を頂いたことを感謝しております。

私は緩和医療を専門とする医師です。大先輩の前で恐縮ですが、私も若い医師の前でいろいろなことを伝えて行くという「小先輩」くらいの立場になってきました。私は20年目の医師で、初めは麻酔医として集中医療などをやっていました。その後、志真先生の元で緩和ケア医としての歩みを始めました。

「ホスピス」という言葉は忘れられてはいけないと思います。このたびの緩和医療学会の中でシンポジウムがあって、私はその中で、私たちが学ぶ歴史を振り返りました。ホスピスは遙か昔に起源を持つと聞いています。キリスト教的な背景があるが、巡礼の旅人や十字軍の兵士そういった傷ついた人々、旅人といった人々をもてなす憩いの家でした。中世の500年頃からフランスなどに神の宿、救護所、施療院といった施設がありその後は1800年代にアイルランドのダブリンのメアリー・エイケンヘッドが設立したホスピスからシシリー・ソンダース先生の近代ホスピスにつながる歴史が始まります。マザー・エイケンヘッドの本が参考になりました。社会的な弱者を援助したホーム。それが、セントジョセフホスピスなどにつながって行きます。

日本では、長谷川保という社会事業家が聖隷三方原病院の前身であるベテルホームを作りました。そういった病院は現在急性期医療も行っており、医療の原点にはホスピスがあると言ってもおかしくありません。

メアリー・エイケンヘッドから、シシリー・ソンダースに受け継がれたホスピスの歴史は、米国でのエリザベス・キュブラーロスによる「死ぬ瞬間」の出版をはじめとした新たなムーブメントにも影響され、サイコオンコロジー(精神腫瘍学)の成立などの歴史につながっています。ソンダース先生のもとで学んだ柏木哲夫先生(アジアに広げた)や、バルフォア・マウント(北米での普及、緩和ケアを定義)先生などの功績とともに、痛みの治療についてジョン・ボニカ(ペインクリニックの創始者)先生や、武田文和(WHO)の功績などが世界と日本の緩和ケアを導いてきたと感じます。

 

死にゆく人のケアからトータルペインの概念が提唱され、実践としてのがん告知とコミュニケーションや痛みの治療方略の確立、政策としての緩和ケアの普及促進が、「ホスピスから緩和ケアへの広がり」の道程でした。

 

そうすると「小先輩」として次の世代に伝えて行くことは何でしょう?

・歴史は死にゆく人のケアから始まり、そこには疾患や病態での区別はありませんでした。また、社会の底辺にある人の貧困、困窮などの問題も対象にしていました。

・その後、科学的視点の元に症状緩和とQOLを2大テーマとして成長を続け、

定式化され、組織化してきました。この萌芽と成長の時代において、コミュニケーション(真実の告知)、倫理、地域連携、スタッフへのケアなどの側面は常に重視されていました。また、2000年以降、がん医療モデルなどとの統合が進み、早期からの緩和ケアが標準となったことにより、サポーティブケアとの境があいまいとなり、ACPや意思決定の話題が増えてきました。

 

このような中で、ホスピスの未来はどうなって行くかを考えてみたいと思います。まず、今まではがんや様々な疾患の終末期を対象としてきた緩和ケアが、今後はより広く、治るか治らないか分からない段階での積極的治療を行う現場への対応(救急現場や、臓器移植の現場などにも、苦痛や苦悩を提言するための取り組みが求められる)が進むと考えられます。つまり、新しい緩和ケアは・普遍的な健康を支えるものUniversal health coverageとして、どのような場面でも適用されうる社会のセイフティネット的な役割を担うのではないでしょうか。

このような中で、私は先にあげた先人たちのホスピスが目指したものと、今後の緩和ケアの理念は、違った方向には行っていないと感じています。なぜなら、ホスピスの原点は、いわば緩和ケアの意味や価値を支えるもの(いわばスピリチュアリティ)だと思うからです。

緩和ケアはエンドオブライフケアを含む広い概念ですが、その根底は、医療の範疇には収まらないもの、死や死に行く危険に瀕した状況下での生の質を尊重するホスピスの理念に支えられています。つまりホスピスはケアや医療の種類ではなく、そのための基盤となる理念(知識・技術だけでなく、死にゆく人への信頼、正直、謙虚、希望などの志向性)なのです。

 

私自身の原点ですが、かつて大阪に、中川米造先生とおっしゃる医師がおられました。実は私の叔父が大阪で耳鼻科医をしていたのですが、高校生だった私に「偉い先生がおる。その本を読みなさい。」と諭してくれたことで、中川先生の著書を読む機会がありました。延命治療の是非や医の倫理、医学教育について多く発言された先生で、大阪大学教授を退官後も、滋賀医科大学で医学概論などの講義をされていた方です。

その中川先生のご葬儀に際したある追悼文には、「中川先生はアイスブレーキングの達人 であった。秘密は参加者の凍る思いへのまなざしの平たさに潜んでいるように思える。それはワークショップに慣れて何がどのように進むかを知り尽くした人が不安いっぱいの参加者の気持ちを手順に沿って解きほぐしてあげるという図式ではない。参加者と同じレベルで、ご自身の気持ちを解いて行かれたところに達人の達人たるゆえんがあったのではないだろうか」。と書かれています。このことは、私にも安易な励ましや小手先の声かけではなく、不安や緊張を抱えた人への接し方について、深い示唆を与えるものでした。

もう一つ、ホスピスとは何か、を考える上で私が思い出すのが、「ケアの本質(ミルトン メイヤホフ)」という有名な著書です。そこには、「他人をケアすることは、その人が成長すること、自己実現することを助けることである。」、「相手をケアすることにおいて、私は自己を実現する結果になるのである。」(双方向性)など、ホスピスがその本質に持っていると思われる、死にゆく人への敬意をもった接し方や、そこから私たち自身が感じることの意味が語られております。正直、誠実、謙遜、などの要素についても、ホスピスの原点として忘れてはならないことだと本書から学びました。

 

最後に、多くの患者さんとの出会いで感じたことをお伝えします。

ある40才代の患者さんは18才で家を出たあと、実家と音信不通の状況でしたが、がんになってホスピスに入り、四半世紀ぶりに老母と会うことができました。重い病に臥す息子との再会を悲しみつつも、「添い寝をしていいですか。」「この1日を1年と思うことにしたい。」と言っておられたお母様と、それを受け入れた息子さんとの時間がホスピスにはありました。

また、さらに若い20才代の若い患者 看護師の会話も記憶に残ります。直腸がんから大出血した患者が死を感じた瞬間、「看護師さん、僕は今から死んじゃうの?」とパニックになりそうな中で話したのに対し、看護師はそばを離れず、思わず「大丈夫。死なないから。」と話し、そのまま看取ったそうです。その看護師は、その時の声かけは良かったのでしょうか、と私に尋ねられましたが、私はその看護師が正にその人の支えになり続けたことを深く感じました。医学的な真実を伝えれば良いというものではないのです。

 

また、一見穏やかに緩和ケア病棟で過ごしているように見える患者さんが、暇であることを常に話し、「生きていても暇でしょうがない。暇で死にそう。」と言い続けていました。その方がある日、タクシーで外出してきたところ、帰ってきてから「忘れ物をしてきた。」と言って慌てている情景も思い出します。もう死んでもいい、などと悩んでいた人にとっても、タクシーに残してきてしまった財布が見つかるまでは大騒ぎだったのです。スタッフも心配していましたが、なんとか財布がみつかり、クレジットカードなどの無事を確認した後、患者さんは落ち着きましたが、なぜか生き生きとした表情をとりもどし、逆にこちらに向かって「先生も忘れ物をするなよ。」と照れ臭そうに言っていました。その男性は、みせかけの安楽だけがホスピスの目標ではないことを教えてくれたように思います。

 

他に、ある患者の最後の言葉を私が受け止められなかったことも苦い記憶として残ります。ホスピスである夕方の回診の際、家族と死別して孤独だった男性が、私に言いました。「頼みがあるんだけれど。その(家族と撮った昔の写真)写真立て、こっちに向けておいてくれる?」と。私は何気なく発した言葉と思い、ただ写真の向きを変え、これでいいですか?とだけ確認して部屋を出ましたが、その夜ほどなくして、その患者は亡くなりました。(家族のことを聞いてあげればよかったのか、など)あの時の自分の行動は良かったのか?と思いますが、やはり「良いケアはその場では分からない。」ということ、関わるスタッフも悩み、傷つくことへの眼差しも、ホスピスの大きな要素であると思います。

このように、私にとっての「ホスピスのこころ」とは

・良く聴くこと

・チームであること

・共に成長すること(双方向性)

・自分自身の痛みを知ること

 

◎ケアにおいて大切な問い

・「何をするか」(What to do)ではなく

「あなたはどういう人であるか」(Who are you?)

「自分はどんな人であるか」(Who am I?) というふうに感じています。

 

ホスピスマインドはより高度な医療が提供され、複雑な状況にある現代のケアの現場においてさらに大切になってくると感じています。それは愛や思いやり、気づきに満ちたものですが、しかし、忙しい現場の中で常にそれが足りないといって、自分や現場のチームを責めてはいけません。相手の存在を大切に受け止め、寄り添えるあなた(私)でいられるように、患者さんだけでなく自分やスタッフの「セルフケアタイム」をとるのもホスピスケアの実践ではないかと考えます。ご静聴ありがとうございました。

 

4.シンポジスト 2

市原香織(京都大学大学院医学研究科人間健康科学系専攻 がん看護専門看護師)

「ホスピスのこころの旅」

 

このたびは「ホスピスのこころ」のご出版おめでとうございます。この書籍から私も今の実践を見つめ直す機会を頂きました。このたびホスピス緩和ケアデーにあたり、発表の機会を与えて頂いたことも感謝致します。

私の発表のタイトルを私にとっての『「ホスピスのこころ」の旅』としました。

これまで、自分が何を大切に思っているのか、余り言語化できていませんでしたが、今回私が出逢った二つの書籍(柏木哲夫とホスピスのこころ、シシリー・ソンダースとホスピスのこころ)から、そしてこのシンポの中でも何か自分でも見出したいなと思い、参加しました。

私にとっての「ホスピスのこころの旅」の始まりは、看護学生時代に受け持ったがんの患者さんに遡ります。未告知で終末期を迎える患者さんのケアをどうしたらいいのか迷っている時に図書館で出会ったのが柏木先生の「死にゆく人々のケア」でした。私はその時に将来ホスピスで働こうと決意しました。そして、1997年に淀川キリスト教病院ホスピスに配属されました。奇しくもその年はシシリー・ソンダース先生が同院をご訪問くださった年でした。残念ながら私は業務に慣れるのに精一杯で、遠くから眺めていたのですが、あまり覚えていないというのが正直なところです。その後ホスピスでは12年間勤務させて頂きました。しかし、この仕事を続けて行くにはホスピスの中だけではなく、もっと前の段階の事から学んでホスピスのことを伝えたいという気持ちになりました。

そして、がん看護専門看護師を目指して学び、その後がん相談支援センターや緩和ケアセンターでも働く機会を得ました。その後、ホスピスでの上長であり、今も大学院での指導教員でもある田村恵子先生からお声かけ頂いて、今は地域でがん患者さんとご家族、専門職ががんの体験を語り、がんと共に歩む知恵を育む場「ともいき京都」の運営に携わらせて頂いています。

今視聴している皆さんは様々な職種や立場でいらっしゃると思うので、ホスピスでのナースの役割(主にホスピス病棟でのナースの役割)についてご紹介させて頂きます。まず、中心的な役割としては、ケア提供者としての役割、。ケアのコーディネーターとしての役割があります。ケア提供者としては、症状コントロール、その人らしさを尊重した日常生活の援助、自立への援助、家族のサポートがあげられます。そして、コーディネーターとしては、患者・家族のニーズを把握し、環境を人的、物的に整える、チームの調整役、患者とその家族の代弁者としての役割があります。この役割を果たすべくホスピスで実践をして参りましたが、ホスピスを離れた後、他の場所でどのようにこの経験を生かせたのだろうかと考えてみました。

私の場合はがん相談支援センターや緩和ケアチームでの働きを経て、今では地域でもがん診断前後から終末期までの患者さんやご家族に関わりますが、いずれの場においても共通して実践していることは、がんの診断や再発による衝撃を和らげる症状緩和の方法を看護の視点から探ってゆくこと、そして治療の継続と予後、QOLとの兼ね合いを医療者と患者さんの間に立って、時には患者さん側に立って検討することではないかと思います。これはこれまでホスピスにおいて患者さんの最後を看させて頂いたからこそ、最後から逆算して生を考えるということの大切さを知っているからこそだと思います。加えて、家族・遺族ケア、チームアプローチを促進することに、私の実践は集約されるのではないかなと思います。

そして、さらに今行っている地域での活動「ともいき京都」は、もっと普遍的な問いとして「がんと生きるってどういうことなのか」「これからどのように生きてゆけばいいのか」そういったことを語り合う場作りに携わらせて頂いています。参加される方の立場はそれぞれですが、立場を越えた相互交流の場作りの意義を感じています。

以上の実践を振り返ると、私にとってホスピスはもはや施設とか場所を指すのではなく、がんによる苦悩や死と向き合う人をケアすること、ケア提供者の「こころ」であると思います。

その「こころ」をもう少し2冊の書籍から考えてみました。

 

【トータルペインを真に理解する】

まず、ソンダース先生発祥のトータルペインですが、身体、精神、社会そしてスピリチュアルの四つの要素に分けることは医療者が患者さんの苦悩をアセスメントするにはやりやすいという反面、ただ四つに分けて確認するというだけでは意味をなさないことを確認することが重要です。

 

ソンダースは『「それは背中から始まったのですが、今ではわたしの全てが悪いようです。」

この種の「トータル」ペインには身体的、精神的、社会的そしてスピリチュアルの要素がある。患者はそのことばにおいて、私たち医療従事者はそのアプローチと治療において、どちらもこれらの一つ二つを別に取り扱うことはできないのである。』と言っています。

 

そして、小森先生は「四つの因子は一旦分けて考えても良いけれども、その

後で統合し直さなければならない。それはナラティブでしかできない。」と言われています。改めてこのトータルペインの概念は私がどの現場でも頭に置いてきた概念だと思いました。四つの因子でアセスメントした後、患者さんの文

脈でもう一度患者さんの苦悩を統合して捉え直すには、患者さんの中にある意

味とか価値といったスピリチュアリティに気づくことが重要だということを

感じています。

 

【Not doing but beingを再考する】

これも私たちのあいだでは誰もが知っているソンダース先生の「Not

doing but being(何かをするのではなく存在すること)」という言葉です。これはケア提供者のあり方を示す言葉ですが、小森先生はこの言葉を患者のすることよりも、患者の中にあることというソンダースの原文を紹介しています。

 

「死にゆく人のケアに目を向けるときには、ケアの良否を見極める新たな基準

を見出さなければならない。医療や看護が達成したことよりも体が弱ってゆく中で、患者さん自身が成し遂げていることにより多くの目を向けることができるよう援助する必要がある。それは患者がしていることよりも患者自身の人としてのたたずまいの中にある部分が多く、言い換えれば(すること)よりも(あること)の方が多いと言える。」という患者さんの中にある価値として紹介されたことが、私自身も今そこを大事にしてるようになってきたかなと思います。

患者さんができなくなってきていること、つまり(すること)ばかりに目を向けていると必ずケアが行き詰まることを経験してきました。しかし、それよりも患者さんの中にあるこれまでの人生や周囲の人々との関係など果たされてきた役割、価値や信念、そういったその人の持ち味といったことに目を向けると自ずとケアのヒントが得られてケアに広がりが出てくることを実感しています。

 

【その人にある生き抜く力を育む】

柏木先生の言われる「寄りそうことは人間力を提供すること」「寄りそう人がいれば人は一人で旅立つ力を持っている。」という言葉はとても説得力があって、私自身もこれまでの経験から患者さんが最後に人生の達成を成し遂げようとする姿を見るたびにそう思えるようになりました。

今私は死を前にした人ばかりではなくて、治療を乗り越えてきた人ともか関わりますが、患者さんは自らで生きぬく力を持っていて、それは周囲の人々との関係性を通して、場を整えるだけでも発揮されることを実感しています。患者さんとともに生きぬく力を育むためには、柏木先生のおっしゃる人間力を提供できる事が大事だなと思います。人間力はこの本に書かれているように10ありますが、中でも「苦しみに共感し、存在すること」はケア提供者の中心的な人間力でもあるように思います。

 

【この仕事を続ける意味を考える】

私はこの仕事を続ける意味を考えることが重要であると思います。ソンダース先生の言葉を紹介します。

 

「患者の苦悩と係わる仕事をしていくには、我々が基本的な哲学を持ち、つらいことではあるが、反対側の立場からみた仕事の意味をも考えなければならない。死に直面した人々から学ぶことは、生命の終わりについてだけではない。生命について我々の味方を楽観的にする多くのことや、誰もが自分自身の人生を生き抜く潜在力を持っていることも学ぶ。我々の仕事には十分な信頼が得られなければならず、他人の苦しみに耳を傾ける時に不安を持つようなことがないよう備えていなければならない。」

 

患者さんとともにいることで私たちも患者さんやご家族から成長の機会を頂きます。一方、この仕事は時にはハードです。患者さんやご家族の苦悩に関わる仕事は、様々なニーズに応えなければならず、あらゆる感情を引き受けなければならないこともあります。ナースとしても時には負担も大きく、消耗してしまうこともあります。しかし、この仕事から人として多くのことを学び、成長の機会を得てそれが次の患者さん、ご家族へのケアにもつながる。そういった信念を持って自分自身とチームメンバ-のレジリエンスを養うことも重要だと考えています。

 

【大切にしたいホスピスのこころ】

では、最後のまとめです。

 

世界ホスピス緩和ケアデーに考える大切にしたいホスピスのこころ

・死から生を見て、今をどう生きるかを考える

・トータルペインは患者の文脈で捉え直す

・人間性という場で患者と出会う

・患者の中にあることに目を向ける

・この仕事を続ける意味を考える

 

今私はホスピスの場にはいませんが、置かれている場でどう実践してゆくかは、ソンダース先生の来日講演の際に言われた「ホスピスの架ける橋」での「ホスピスの働きはその場で終わらず、多方面への広がりを持つ。」というお話しを思い出します。ソンダース先生の仰ったホスピスの架ける橋は七つありますが、私はその中で

・「スピリチュアルな側面に架ける橋」として研究活動を行っています。

・「地域に架ける橋」は、「ともいき京都」の活動から、病と共に生きる人々のみでなく、市民や専門家が対話を通して互いに支え合うケアリングコミュニティを創造していきたいと考えています。これからもホスピスのこころのケアを探求する旅を続けたいと考えています。

 

5.シンポジスト 3

髙橋悦堂(臨済宗普門寺 副住職)

「相承(そうじょう)~受け継がれるこころ~」

 

皆さん、こんにちは。今日のシンポジウムは私のような医療と直接関係のない者も参加しています。医療の枠に限定されない、人の持つ心性、それが「ホスピスのこころ」なのだと感じています。

今日の私のお話は「相承(そうじょう)」という言葉がテーマです。これは「受け継いでいくこと」を表します。私が『柏木哲夫とホスピスのこころ』、『シシリー・ソンダースとホスピスのこころ』の2冊を読ませて頂き思ったのは「ホスピスのこころ」が、ソンダース先生から柏木先生に、柏木先生から前野先生に受け継がれていったことです。さらに小森先生は書籍を通してソンダース先生の心に触られて「ホスピスのこころ」が受け継がれています。

私は禅宗の僧侶ですが、その視点から言えば「仏法(仏の教えまたは悟りそのもの)」が師から弟子に伝わっていくように、「ホスピスのこころ」も、その道を歩む先達と後進がお互いの人間そのものを通して伝え、受け継いでゆかれるように感じます。ですので、この言葉「相承」をテーマに話そうと思いました。

 

私の「相承」のなかには、岡部健(たけし)先生との出会いがあります。岡部先生は、宮城県で在宅緩和ケアを行っている岡部医院の創始者です。先生は2012年9月にがんでお亡くなりになりましたが、私にとって「師匠」です。

岡部先生が亡くなるひと月前、先生から「悦堂、お前は人が死んでいく姿を見たことがあるか」と問われました。私は「いえ、ありません」と答えざるを得なかった。枕経、お通夜、お葬儀、火葬などこれまで幾度も務めてきましたが、すべてその方が亡くなってからの関わりです。

岡部先生は「知っての通りオレはあまり長くない。だから、あんたがオレの死にゆく姿を見て、人の生きる死ぬとは何なのか、しっかり見つめなさい」と言われました。

在宅緩和ケアの医師として、死に向かう患者さんやその家族の想いを正面から受け止めてきた岡部先生からの痛烈な問答でした。私は岡部先生の生きざまと死にざまから、言葉に表しきれない様々なものを伝えて頂きました。

 

私は宮城県栗原市一迫(いちはさま)で生まれました。一面が山と田んぼの典型的な田舎の少子高齢過疎の町。小さい頃から住職である父と一緒にお経を唱え、お寺の境内や本堂を遊び場として育ちました。檀家さんからは、あと継ぎとして期待され可愛がられてきました。だから、父のあとを継ぎ住職になるんだなと、何となく思っていました。地元の高校時代から、駒澤大学に進み、本山で修行をさせて頂き、大学院、曹洞宗研究所に進みました。僧侶になり住職になることに、決意や覚悟、そういうものはあまりありませんでした。自然の成り行き、そんなものだろうという感覚でした。

そんなフワフワした気持ちがぶち壊されたのが、東日本大震災でした。

東日本大震災発生10日後から、栗原市火葬場に沿岸部より多くのご遺体が来られるようになりました。沿岸部では津波で火葬場が使えなくなり、地元の和尚さんたちにも連絡が取れない。そういう事情を受けて栗原市の和尚さんたちが火葬場で読経供養をはじめ、私もそこに加わりました。この時に私の心に強く残った言葉があります。

「和尚さんたちにおがんでもらって、やっと安心しました」

小学生の娘さんを津波で亡くしたお父さんが私たち伝えてくれた言葉です。「死者の安寧」は、愛する人を失った絶望の中に生きる人にとって、小さくか細いかもしれないが確かな灯になる。何となく住職になろうかなという気持ちは吹き飛びました。死者の安寧に寄りそい、死者と生者の境界をあたたかく繋いでいく、そのために住職として務めていきたいと思うようになりました。今回二冊の本を読んで同じ思いを感じます。「ホスピスのこころ」や宗教的な安寧は、死者と生者の両方に寄りそうものなのです。

 

この後、金田諦應老師が主催するカフェデモンク活動のお手伝いをするなかで、東日本大震災で被災された土地に行って傾聴活動をさせて頂きました。避難所や仮設住宅で聴く話聴く話すべてが絶望を通り越している。故郷、仕事、家、大切な人……すべてを失い絶望の中にいる方々に一体何が出来るのだろうか。何も出来ないこと、無力を知りながらも、その方とともにそこ在ること……。途方もなくしんどいことですね。

災害だけでなく、病気などで己の死と向きあう方のそばにいる時も同じと思います。その方も自分の存在すべてをもって己の死と向き合っています。

岡部先生は緩和ケアの分野でも宗教者の力が必要だと言われていた。「心に寄りそうケアを医療者だけで行うのは簡単ではない。宗教者とも協働していくべきだ」というのが彼の思いでした。

「避けることのできない死の現実と向き合い、苦悩する人がいる。その場に、なぜ宗教者が出てこない。宗教者は、死に逝く人へ道しるべを示してきたんじゃないのか」

この岡部先生の思いから動き始めたのが、臨床宗教師でした。

 

宗教者が病院や施設、被災地などの公共空間で専門職として心のケア、スピリチュアルケアを行っていくために、日本臨床宗教師会は、

(1)臨床宗教師倫理綱領を整え、臨床宗教師はそれを遵守する。(2)東北大や上智大などの教育機関と宗教者の協力で作られた養成プログラムを実施し、(3)多職種連携や気持ちのケアの実践、倫理綱領などについての研修を行い、あわせて医療機関などでの現場実習も行う。(4)これらの継続研修を基盤とした資格認定制度を整える。

このような形で、岡部先生亡き後、多くの宗教者や研究者、医療関係者などが力を合わせ、日本臨床宗教師会を設立し、臨床宗教師の養成に努めてきました。

私は東北大で臨床宗教師の勉強をさせて頂き、岡部先生亡きあと、岡部医院で在宅緩和ケアの臨床宗教師として活動してきました。現在は、主に東北大で臨床宗教師養成に係わらせて頂いています。また、地元にある市立栗原中央病院のがんサロンなどにも係わらせて頂いています。

 

今回読む機会を頂いた2冊の本から、特に興味を持った部分をお話しさせて頂きます。

『柏木哲夫とホスピスのこころ』

〇死の医学化の問題。死はきわめて人間的、社会的出来事。

岡部先生は「お迎え現象」を研究されていました。亡くなる直前に、向こうから縁者が迎えに来る現象ですね。医学的には「せん妄」で片付けられることであっても、その人にとっては安らかに旅立つための物語になるのではないか、という視点です。

〇ケアの双方向性。ともに成長すること。

死とは、一人の人間のすべてを賭したものです。ですから、関わる者も一人の人間として懸命に関わる必要があります。その時には「ケアをする、される」という関係性は消え、双方向に等しく人として成長するエッセンスをもつものだと感じました。

〇受け入れる力。受け入れがたきを受け入れる。

柏木先生でも受け入れがたき患者さんはいらっしゃったようで、「そんな中でも私がかろうじてこれに耐えられた理由は「やがてこの人は旅立つのだ」という意識が私の中にあったからです」という、一人の人間、柏木哲夫の赤裸々な告白が心に響きました。

「最後の最後に、“自分は受け入れてもらえたんだ”という感覚を持って旅立ってもらえれば、この人の魂は救われる…」という一文、先の告白ともつながります。我執を超え、受け入れ難きを受け入れ、相手の「魂の救済」を信じる。生と死の先を繋ぐホスピタリティを感じました。

 

『シシリー・ソンダースとホスピスのこころ』

〇「ルイーズ・グリュックは誰にとっても読むのは難しいけれど、読み続けるのは、彼女が彼女以外の人が知らないことを知っているから…」

「その人しか知らないこと」は時として、だれにも触れて欲しくないものでもあります。相手の魂に触れることへの敬虔さ、畏れ、そのような気持ちをこの言葉から感じます。

 

私は「ホスピスのこころ」が特別なものとは思いません。人が誰しも持っているものと思います。しかし、人は得てして自分の中にあるものに気付かないものです。「ホスピスのこころ」に沿った生き方をするためには、誰かがその姿をもって伝えていかねばなりません。その姿を見た人が、自分の中にある「こころ」に気付き生きていく。そしてまた次の人がその姿を見て、自分の中の「こころ」を知る。そんな土台にこの二冊の本がなってくれたらいいなと思います。

これこそが「相承」なのです。

 

6.お二人の著者のコメントおよびディスカッション

柏木哲夫(淀川キリスト教病院 名誉ホスピス長)

小森康永(愛知県がセンター 精神腫瘍科部長)

 

前野:著者のお二人にコメントして頂きたいと思います。

柏木:一つのことだけ言いたいと思います。年を取るといろいろな特徴が出てきますが、私自身は言葉にすごくこだわるようになりました。3人の発表をお聞きして、言葉の語源に対する洞察が大切だと思いました。

ホスピスという言葉の語源。ラテン語のhospitiumという言葉ですが、この言葉から出てきた言葉が沢山あります。hospital、hostes、hostなどですね。もう一つ、hospitalityという言葉があります。親切なおもてなしですね。これらの言葉の共通項は親切なもてなしです。親切なもてなしは行動です。いくら親切な気持ちがあってもそれが行動に表されないと力を発揮することができない。そういうことが大切な概念であると思いました。

小さなエピソードを話して、まとめに変えたいと思います。数年前に名古屋でかなり大きなキリスト教関係の講演会がありました。朝8時半スタートでした。ところが、朝準備をしていると持ってきたはずのネクタイが無いことが分かりました。それで、ホテルのフロントに行って「余っているネクタイ無いでしょうか。」と尋ねたのですが、「それはお困りでしょうね。ひょっとするとコンビニに売っているところがあるかも知れません。ちょっとお時間ください。チェックします。」と言われました。ちょっと待っていると、「近くのKマートというコンビニに一つだけあるそうです。」とのこと、行ってみるとわりと良い縞模様のネクタイがありました。むちゃくちゃ安いんですね。700円でした。それを購入して事なきを得たのです。その時に私はこのホテルはhospitalityに長けてると思いました。「お困りでしょうね。」という言葉に助けてあげたいという雰囲気が出ています。そして、すぐに電話をして、探してくれて私を安心させてくれました。これ本当のhospitalityだと思ったんです。「親切な心に裏付けられた親切な行動」を私たちは目指さなければいけないんだろうなと思いました。

前野:それでは、小森先生お願い致します。

小森:本当は、私がしゃべらないで、ここで終わった方が良いような気がしますね。というのは、髙橋さんのおっしゃった「相承」が、今回のシンポジウムのテーマでしたから。柏木先生から前野先生へという、これが一番大きかった。

私は『シシリー・ソンダースとホスピスのこころ』という本を書きましたが、元々は『札幌のシシリー・ソンダース』というタイトルで書いていました。それが、前野先生から『シシリー・ソンダースとホスピスのこころ』にしましょうと言われ、はいそうですねとなった。ですから、「ホスピスのこころ」についてあまり考えたことが無かったのです(注1)。私なら、そのタイトルの言葉を並べ替えて、「シシリー・ソンダースとかけてホスピスと解く、そのこころは」と言いたいですね。柏木先生や志真先生ならすぐに答えをくださると思いますが。

忘れないうちに言っておきたいのは、この本の70頁。先ほど髙橋さんが紹介されたルイーズ・グリュックの話があります。「詩的知性は、結論を捨てようとする意欲からそのエネルギーを引き出す」という箇所に私は非常に感銘を受けました。そして昨日の朝刊を見たら「ノーベル文学賞受賞、ルイーズ・グリュック」とあった。とても驚きました。それほどの人とは思っていませんでした。ルイーズ・グリュックのことを日本語で書いている人はほとんどいない。ちょっと自慢したかっただけ(注2)。

その「相承」という流れに、私自身は関係の無い人間なのだけれども、書物を通じてオリジナルは何かというようなことを大切にしたいとは思っています。だから、「どうしてシシリー・ソンダースは訳されなかったのか」という疑問は、今でもまだあるのです。私は私なりの回答を出しましたが、それは寂しい感じです。「相承」という流れが何か痩せ細っている感じがします。

前野:小森先生が書かれた「シシリー・ソンダースとホスピスのこころ」で、私が序文の中で書いたのですが、正に今小森先生が仰ったことに私は衝撃を受けました。小森先生が訳された「シシリー・ソンダース初期論文集」のまえがきに次のような言葉がありました。「現在、日本の緩和医療関係者にとって、シシリー・ソンダースはどんな人物として記憶されているのだろう?まずは「近代ホスピスの生みの親」であろうか。ロンドンで聖クリストファー・ホスピスを開設したのだから。次は「トータルペイン」の提唱者としてであろう。しかし、トータルペインはおおよそ、「全人的苦痛」として(ソンダースが描かなかった)図を、誰しもが思い浮かべる程度である。彼女の論文がほとんど訳されていないために、初出論文を知る人もわずかで、当然、多くの方が未読ということになる。緩和ケアの中核概念であるトータルペインがそのような状態なのは、緩和ケアへの歴史的関心が希薄なためだけなのか。」私はこの文章を読んだ時に、長くホスピス緩和ケアに携わってきた者として頭をがーんと殴られたような気がしました。なので、私が小森先生と知り合いになることができて、今回こういうような形で本ができて、そして今回このような形でシンポジウムでコメントを頂くことができ、うれしく思っております。このことについて柏木先生のお考えを聞きかせください。

柏木:ホスピスをスタートさせた時にソンダースの翻訳などを出すべきだというような気持ちになるほど私の心に余裕が無かったのです。とにかく毎日毎日の患者さんのケアで手一杯でした。途中で私はホスピスと大学教育という二足のわらじを履くことになりましたが、その時くらいから「これはきっちりやらなければいけないな」という気持ちがありました。ところが、今度は大学の様々な仕事が出てきてそれができなかった。誰かに頼むこともできなませんでした。まあ、言い訳になるかもしれませんが。先ほど小森先生が「私は私なりの回答を出しました。」と言われたので、その回答がどんな回答なのお聞きしたいと思います。

小森:この場で言うのはふさわしくないような気がしますが。最初思ったのは、ソンダースの論文は古い薬とか治療法が載っている論文がメインだから、40年も50年も経っているそんな論文を訳しても仕方がない、と皆さんが思ったのかなと。実際に読んでみれば、そうでないことは、すぐに分かります。つまり、読むことさえされていなかった。

もう一つは「トータルペイン」が緩和ケアの中核概念だということに関連しています。例えば、小児科というのは後から出てきた領域だから、小児科医は自分たちの新しいアイデンティティを持たなければならない。だから、「子どもは大人のミニチュアではない」と言って、発達は自分たちにしか観ることができないから内科医に子どもは診せられないと言ったのです。それと同じようなことを緩和ケア医も言わなければならない。「麻薬を上手に処方できるだけの医者と我々は違うのだ」と言うためには、「トータルペイン」のことをしっかりおさえていなければならない。

でも、医学の中にいると、そういった「臨床概念」ということは、皆さんあまり馴染みがない。例えば、インシュリンを使って治療をするわけだけど、インシュリンを誰が見つけたというようなことは知らなくても治療はできるわけです。それとおなじように、トータルペインも捉えられているのではないかなと思うのです。

トータルペインが分かりにくい第一の理由は、スピリチュアリティというものが入っていて、それぞれの人が定義すれば良いと言われているからです。しかし、医学の中でそんなバカなことはないわけですよね。それについては、この間訳した『みんなのスピリチュアリティ』(注3)の解説で書いていますので是非お読みください。第二の理由は、市原さんが言っていたトータルペインのそれぞれの次元が分けられないということが分かりにくい。精神科医だと、バイオサイコソーシャルのところで、それぞれの次元はシステム論でつなぐのだと理解するわけだけど、それも医学実践の中では難しい。なので、どうしてもトータルペインは分からないという運命にあるわけです(注4)。

最近、気がついたことは、オリジナルのトータルペインというのは患者さんの痛みを疑似体験するための概念、要するに患者さんからこちらに向かうベクトルという考え方なんだけれども、今のトータルペインの見方というのはどんな風に見立てるかということだから、医療者から患者さんにベクトルが向かっている。つまり、ベクトルの向きが逆だと思うのです。いつの間にかそうなったのだと思います。原点に戻ると、そういうことが分かるのです(注5)。

柏木:ベクトルの方向性ということですが、私がソンダースと会って話をした時に、彼女自身がベクトルという言葉は使いませんでしたが、患者さんからこちらに発信されるものを重視したのか、それとも自分が患者さんの有り様を観察して、こちらから向こう側へスピリチュアルペインというようなものを認識したのかが分からないのです。

小森:両方なのですね。科学とアートということで言えば両方なのだけれども、原典を読むと分けられないと書いてあります。ただ、緩和ケアが医学教育の中で使われていくようになった時点で見立ての方向が重視されるようになったのではないでしょうか。なので、問題の四分円のように、あたかも足し算のように描かれている方が分かりやすいということになります。これじゃ、トータルプライス=合計金額ですよね。痛みを疑似体験した医療者の中では、そんな風に分けてあとで足したものではないに決まっています。

柏木:日本では13年間にスピリチュアルケア学会がスタートし、今年の4月に正式に公の財団として認められました。様々な取り組みをしています。今仰ったベクトルの方向性みたいなことを研究の課題にしている方もいるので、もう少し深まってゆくのではないかなと思います。私は想定外だったのですが、スピリチュアルケア学会の理事長に選ばれてしまいまして、その辺のことを今後取り組んでゆきたいと思います。

 

 

注1 『ベストナース』2021.8収録の前野先生の新刊についての書評(p.45)で、多少「ホスピスのこころ」について言及しています。

注2 以下の書評では、小児がんの子どもたちの会話における沈黙とルイーズ・グリュックについて多少考察しています。小森康永(2021)書評 田代順著『小児がん病棟の子どもたち』、家族療法研究38(1):73-74.

注3 本書はその邦題に偽りなく、現在の英国における代表的緩和ケアワーカーたち10種10組がスピリチュアリティやトータルペインをどのように考えているか実践を通して明かした貴重な論文集です。

注4 このバイオサイコソーシャルについての著作『バイオサイコソーシャル・アプローチ』がそもそもトータルペインについて考えるきっかけになったものです。

注5 これは後日、トータルペインを表現しているソンダースが選んだ絵を使って説明しました。小森康永:シシリー・ソンダースと三枚の絵、がんとくらしを考える会 年次大会、 2021.1.23(オンライン)、[特別講演]

 

7.あいさつ

 

前野:ありがとうございました。図らずも、柏木先生と小森先生の対談が実現しました。

さて、改めまして、シンポジストの神谷先生、市原さん、髙橋さんそして、柏木先生、小森先生ありがとうございました。そして今回のシンポジウムを御後援頂きました日本死の臨床研究会、日本ホスピス緩和ケア協会、日本緩和医療学会に感謝致します。特に日本ホスピス緩和ケア協会事務局にはお世話になりました。また、協賛頂きました春陽堂書店さんにも感謝致します。

それでは、最後に志真先生にまとめをお願い致します。

 

志真:小森先生が「シシリー・ソンダースとホスピスのこころ」とかけて何と解くという宿題を出されましたので、それだけお答えをします。

「シシリーソンダースとホスピスのこころとかけて、花嫁の父と解く。」そのこころは常に寄りそう。つい最近、私花嫁の父をしましたので、そういう風に解いてみました。このシンポジウムで私が何よりも願っているのは、この2冊の本が売れてほしいということです。本日シンポジウムに参加している250人の方はシンポを聞くだけではなくて、是非本を読んで頂きたいと思います。それがこれからの日本のホスピス緩和ケアの出発点になろうかと思います。今日はありがとうございました。

 

コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第25回~

『歌う回診』

 

2020年のクリスマスシーズンは、ホスピスの風景もいつもと違うものになりました。

私は医師になってからほぼ毎年必ずしていたことがあります。それは、病院職員による即席の聖歌隊を編成して患者さんのところを訪問し、クリスマスの賛美歌を歌うのです。「キャロリング」と呼びます。当院でも私が院長に就任した時から毎年行ってきました。当初は、事前に何日間か練習が必要でしたが、数年たった頃からはキャロリングを行う前の1時間くらい練習すれば大丈夫。レパートリーは毎年「もろびとこぞりて」「グローリア」「きよしこの夜」の3曲でずっと同じですが、混声4部合唱で、なかなかなものです。いつも医療者として働いている医師や看護師達が歌う姿に患者さんやご家族はとても感激して下さいます。

 

その後、私がホームケアクリニック札幌を開設してからは患者さんのご自宅を回るキャロリングも始めました。皆さん、歌のクリスマスプレゼントを大いに喜んで下さいます。

しかし、2020年はコロナ禍のため、患者さん、ご家族の前で合唱をすることは断念しました。

大変残念な事でした。しかし、実はちょっとだけ歌ったのです。

 

私のホスピスでの回診は毎週金曜なのですが、2020年12月25日が丁度金曜だったのです。病状が悪くなって、意識状態が下がっていたある若い女性の患者さんがいました。いつものように、回診のメンバーが車座になって、その患者さんの周りに座りました。すると、臨床心理士の阿曽先生が「クリスマスソングを歌いませんか。」とおっしゃったのです。私は「そうだ、今日はクリスマスだ」と思い出し、「きよしこの夜」を歌いました。阿曽先生も唱和して下さいました。他のメンバー達はいきなりのことで、ちょっとビックリしたようで、声が出ていたかどうかは不明です。その女性の患者さんには、きっと私たちの「きよしこの夜」が聞こえていたでしょう。この日の回診では、何人かの患者さんのところで「きよしこの夜」を歌いました。一緒に大きな声で歌って下さる方もいました。皆さん、喜んで下さいました。

 

回診で歌を歌う。初めての経験でしたが、歌が好きな患者さんにとっては、良いプレゼントになるなと思いました。それを機に、回診で時々歌を歌うようになりました。

80才台の女性患者さんがいました。彼女は声楽のトレーニングを受けていた方で、ホスピスのお茶会などで何度か「オーソレミヨ」を独唱されたり、指揮をされたりするような大の歌好きの方でした。ある日の回診の時に、たまたま枕元に日本の歌の歌集があったので、「何か歌いましょう。」と言って、眼に止まった「砂山」を歌ったところ、彼女は指揮をしながら、朗々と歌われたのでした。

 

ちょっと味を占めた私は、訪問診療で伺っているある80才台の女性患者さんが女学校時代に合唱をしていたという事を伺ったので、即席で「ふるさと」を歌ってみました。すると、この方も大きな声で歌われました。実は彼女は認知症があって、ちょっと前の会話も忘れるほどなのですが、昔覚えた歌はしっかりと歌われるのでした。感動のひとときでした。

「歌う回診」ちょっとやみつきになるかも。

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏

コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第24回~

『こもり人と寄りそい人』

先日、NHKテレビで「こもり人」というドラマを観ました。フィクションではありますが、多くの関係者からの取材を元にNHKの総力を挙げて作られたのと、主役の松山ケンイチとその父親役の武田鉄矢の迫真の演技も相まって、大変内容の濃い、インパクトの強いドラマでした。

現在、我が国における「引きこもり」の人の数は100万人以上と言われ、特に40才以上の中高年層の引きこもりの人は60万人を超えるとされています。いわゆる「8050」問題(80才の親が50才の引きこもりの子供を養っている現実)が言われていますが、最近ではそれをさらに越えて、親が死んだ後、残された子が衰弱死する「ひきこもり死」が顕在化し、大きな問題となっています。

 

ドラマの中で、松山ケンイチが演じる倉田雅夫(40)は家で10年以上ひきこもりの生活をしています。武田鉄矢演じる父親の倉田一夫は元教師で社会的信頼が大変厚い人でした。妻が亡くなって雅夫と二人で一軒家に生活し、雅夫の身の回りの世話はしているのですが、世間体を気にして雅夫のことは世間からひた隠しに隠していました。しかし、一夫は自分が胃がんのステージ4と分かり、自分の余命が短いことを知り、もう一度雅夫と向き合うことを決意します。

孫の未咲からいろいろと情報を得て、引きこもり経験者の集まりに出かけ、ひきこもり体験談を聞いたりすることを通して、受験や就職がなかなかうまくいかない雅夫に対し、厳しい言葉を浴びせていた自分自身が雅夫を引きこもる原因を作り出していた張本人であることを悟ります。

ある時、雅夫が自殺をほのめかすのですが、「自分は生きていてはいけないんですか」と叫ぶ雅夫に対して、一夫は「お父さんなりに、君を大切にしてきたんだ。頼む。生きていてくれればいい。それだけでいいんだ。一緒にお家に帰ろう。」と涙ながらに訴え、一夫を抱きしめようとしますが、その場で吐血して倒れてしまいます。一夫は救急車で運ばれますが、そのまま帰らぬ人となってしまいます。

 

ドラマの最後のシーンは一夫の葬儀のお寺の場面ですが、雅夫はメモを読みながらたどたどしい言葉ではありますが、「父は自分のために最後まで尽くしてくれました。」と会葬者にあいさつするのです。

ひきこもる人は生産性を追求する現代社会の中で、価値のない存在として考えられています。しかし、一夫が雅夫に対し、上から目線で動かそうとしてもかえって、二人の溝が深まってしまったのに対し、一夫の方から雅夫の目線まで降りて行き、寄りそおうとした時に、雅夫の気持ちは変えられました。結局、雅夫の存在を通して一夫が変えられ、一夫が変わったことにより雅夫も変えられたのです。

 

「ホスピスのこころは弱さに仕えるこころ」です。強い者が弱い者を上から目線で動かそうとしてもかえってお互いの距離が離れてしまいますが、強い者が弱い者に寄りそう努力をし、弱い者の気持ちを聞かせて頂くように努める時、その方の心が開かれる可能性が生まれるのです。「ホスピスのこころ」は医療の現場だけではなく、普遍的な真理なのだと思います。

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏

コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第23回~

『ここで私は変えられました』

ホスピスにおいて毎週金曜日に行われている総回診で、ある患者さんからありがたいお言葉を頂きました。

80才台の男性患者Aさん。回診の時には必ず奥様も一緒にいらっしゃいます。Aさんに回診で初めてお会いした時のことをはっきりと覚えています。その日も奥様がベッドサイドに座っておられました。私はあいさつをし、いつもの通りにお体のことを伺いました。そしていかにも仲睦まじそうなご夫婦の話題になりました。そうするとAさんは次のようにおっしゃったのです。「私は妻を奴隷のように扱っていました。本当に申し訳なく思っています。」真面目にそのように切り出されたAさんの言葉に私はちょっとビックリしましたが、「そのように言うことができるAさんもご立派ですね。」と言うと、Aさんは「ここ(ホスピス)の環境や、看護師さんたちの優しさがそのようにしてくれたのです。皆さんのおかげです。」と言われました。元来、Aさんはそのような優しいお人柄であったのでしょうが、仕事が忙しすぎて、やさしさを表現することができなかったのかもしれません。「元々持っていた良さが出てきて良かった。」と奥様。ホスピスの環境やスタッフのケアを褒めて頂き、私は責任者として大変うれしく、誇りを感じたのでした。

 

その後、毎週私はAさんの回診に伺っているのですが、そのたびにニコニコベッドサイドで微笑んでいる奥様がいます。そして、毎回、Aさんからはお褒めの言葉が出てくるのです。ある時の回診では、その数日前に高熱が出て辛かった時に、深夜帯でTさんという看護師が対応したのですが、「Tさんが、包み込むように見守ってくれた。寄りそってくれてうれしかったです。安心できたのです。」と言われました。また、受け持ちの看護師であるIさんのことを「毎朝、「おはようございます。」と笑顔で声かけしてくれるのです。親身になって寄りそってくれる。信頼感があります。」と言ってくださいました。スタッフひとりひとりのことを褒めてくださり、また私はありがたく感じました。

 

柏木哲夫先生は「人は生きてきたように死んでゆく」と言っています。つまり、感謝する人生を送ってきた人は感謝しながら死んでゆくし、不平不満を言う人生を送ってきた人は不平不満を言いながら死んでゆく、という意味です。私も長くこの仕事をしてきて、柏木先生のおっしゃることは正しいと思っております。しかし、まれにAさんのような方もいらっしゃいます。Aさんは80年以上の人生の最後に変わられたのです。それは、Aさんの力に他ならないのですが、そのことに私たちのチームが少しだけ関わることができたとすれば、大変光栄なことだと思います。

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏

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