NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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前野宏のMind and Heart 第7回

「北見便り あやのひと声」

 

先日、道東を旅行しました。釧路に一泊したのですが、動物好きの妻が動物園に行きたいと言ったので、釧路市立動物園に行きました。動物園自体はちょっと地味な存在でした。園内を歩いていると結構大きな鳴き声を聞きました。ちょっと風変わりな鳴き声だったので、何の動物かなと思っていたら、それは丹頂鶴の声だということが分かりました。あのかよわそうな鶴の姿とは不釣り合いな大きくてあまり美しくない声でした。外敵の接近を知らせるためにあのような鳴き声になったのかも知れません。

今日はそんな「鶴のひと声」ならぬ「あやのひと声」というお話しです。

「あや」さんは過去2回連続して登場した北見赤十字病院で私と一緒に外来で働いてくれている看護師の小室綾さんのことです。

私は昨年4月から主に緩和ケア内科の外来と訪問診療を担当してきました。そして、私のアシスタントをしてくれているのが、あやさんです。あやさんは私にとって必要欠くべからざる存在です。要するに大変優秀な緩和ケアのナースなのですが、それは具体的にどういうことなのかをお話ししましょう。

先日もこんなことがありました。その患者さんは終末期ではなく、がんの治療による痛みとしびれを長く患っている女性の患者さんでした。治療の科と一緒に緩和ケア内科にも通っておられます(併診と言います)。数年の間、歴代の緩和ケア内科医師が関わっており、すでに私で4人目だったと思います。ただ、私は使われている医療用麻薬の量がちょっと多いなという印象を持ちました。長い間医療用の麻薬を使用している患者さんはともすると頓用の薬を使いすぎる傾向があるので、定期で使用している薬の量が多くなる傾向があるのです。私はもう少しお薬を減らすことができるのではないかと考え、外来のたびに少しずつ薬の量を減らすように調整していました。ただ、病状は安定していたので、そろそろ「こんなもんかな」という思いでした。ところがある日の外来で、あやさんが私の耳元で「先生、この方カロナール使われてなかったみたいです。」とささやいたのです。そう言われて、過去の処方歴を調べてみると確かに使われていなかったみたいなので、ご本人にも確認してみたら、やはりそのようでした。カロナールは頭痛や新型コロナの発熱に使ったりする極めてポピュラーな薬です。しかし、痛みにも効果があり、この薬を一緒に使うことで、頓服の医療用麻薬の使用を減らす事ができる可能性があるのです。私は目からうろこの思いでした。

これはほんの一例です。本来、あってはならないことなのですが、時間が限られている外来診療の中で時々、見落としや漏れていることがあるのです。そういったことをあやさんはぼそっと耳元でささやいてくれるのです。ある時には「先生、この方の住所は○○でしたね。」とささやいてくれます。そこは遠方で訪問診療を導入困難な場所なのです。また、ある時は、「先生、この方は独居でしたよね。」とささやいてくれます。その方は通院が困難になると入院を考えなければならなくなるのでした。このように「あやの一声」は鶴の声のように大きくはないのですが、私が見逃しているようなことをさりげなく伝えてくれるのです。言われ方によっては、医師のプライド(まあ、そのようなものがあってはいけないのですが)が傷ついてしまうのですが、彼女は言い方にまで配慮してくれているのです。

もちろん、あやさんは優秀なナースであるばかりではなく、患者さんやご家族へのケアもやさしく、きめ細かく行ってくれるので、患者さんやご家族からの信頼も抜群です。このようなスタッフと一緒に仕事をすることができる幸せを日々感じています。