近代ホスピスが1967年にイギリスに誕生してから半世紀を迎えた。近代ホスピスが誕生した理由は、当時急速に発達した近代医療による過剰な延命医療が患者の尊厳を傷つけ、その人らしい生と死が損なわれることになったことにある。そして、ホスピスの広がりは人間の終末期がより人間らしく、よりその人らしくあるための社会運動(ホスピスムーブメント)の様相を呈していたと思われる。そしてその基盤をなしたのが”ホスピスマインド(ホスピスのこころ)” であった。それは、ホスピスの哲学、思想と言ってもいいであろう。私は「ホスピスのこころとは弱さに仕えるこころである」と定義した。その意味するところは、「患者も家族も医療者も、いずれ死にゆく弱い存在であり、平等(対等)である」ということである。 我が国においては1973年に、大阪の淀川キリスト教病院で柏木哲夫先生の元、ホスピスケアが開始され、1981年には浜松にある聖隷三方原病院にわが国初のホスピス病棟が開設された。さらに1990年に診療報酬に緩和ケア病棟入院基本料が収載されるに及んで、緩和ケアは急速に普及した。そして、2006年にがん対策基本法が成立し、緩和ケアはがん医療に必要不可欠なケアであるという位置づけがなされた。それに伴い近年、緩和ケアにおいても科学的根拠(evidence)が重要視されるようになり、特に緩和医療学会ではその傾向が著しい。そして、結果として症状緩和やコミュニケーションスキルといった方法論が重要視されるようになり、「こころ」といった客観的根拠を示すことが難しいことが敬遠される傾向が強くなってきた。私はそのことに強い危機感を覚えるものである。
当院は、2001年に私が病院院長に就任して以来、ホスピスの哲学である「ホスピスのこころ」は医療の原点であると考え、「ホスピスのこころを大切にする病院」という理念を掲げ、病院運営を行ってきた。そして、2003年に緩和ケア病棟を立ち上げ、本格的な緩和ケア導入後も病院全体で「ホスピスのこころ」を大切にした医療とケアを職員全体で目指してきた。その結果、患者と医療者、医療者の職種間の関係性が改善し、病院全体が常に患者目線で物事を考える組織に変えられてきたと思われる。つまり、「ホスピスのこころ」は終末期医療ばかりではなく、医療全体を良い方向に変える力があることが分かったのである。
このたびNPO法人「ホスピスのこころ研究所」を立ち上げるに至った理由は、先人が創り上げ、育んできた「ホスピスのこころ」を継承するとともに、さらにより深く探求し、広めることにある。「ホスピスのこころ」の精神が普及することは、終末期医療ばかりでなく、医療全体に良い影響を及ぼすものである。 法人化によって、社会的な信用を得ながら組織を発展、確立させることで、「ホスピスのこころ」を地域社会に広めたいと考えるものである。
特定非営利活動法人 ホスピスのこころ研究所
設立代表者 前野 宏