NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第17回~

『壁一面の写真』

在宅医療では病院の医療では決して分からない患者さんのことを知ることができます。特に終末期の患者さんの場合、私たちが患者さんのご自宅に伺うことにより、患者さんが何を大切にし、どのような家族と一緒に暮らしているのか、そして患者さんがことのほか愛するペットのことなんかがよく分かります。お家にはその方の人生そのものがあるのです。終末期医療においては、患者さんの医学的情報以上に、患者さんの人となり、死生観、家族のこと等を知ることの方が重要になることが多いので、まさに在宅医療はそういう意味で理想的なのです。

 

ある終末期の高齢のご婦人のご自宅に伺った時に、びっくりしたのは、居間の壁一面にびっしりと写真が貼られていたことです。ご本人がお仲間と旅行に行った時の写真もありましたが、大部分はご家族のものでした。長女さんや孫娘さんの結婚式の写真。お孫さんが小さな時の写真。すでにセピア色になっているものもあり、時間の経過を感じさせます。いかにその方がご家族との時間を大切にしてこられたのか一目瞭然です。そしてそれらの写真を見せて頂くと、自然にその当時のことが話題になります。そのお話しを通して、その方の人生を知ることになります。

 

ある70才台の男性の寝室に入ると、壁一面に大谷翔平の写真が飾られていました。大谷君が日本ハム時代の写真ばかりでなく、大リーグに移籍し、エンゼルスで活躍してからのものもありました。今もファンとして応援しているようです。年齢を重ね、社会的には十分に実績がある方が、まるで少年のような純真な面を持っておられることを知ることは、新鮮な驚きです。そういったことは、病院の病室ではなかなか知ることはできません。

患者さんがそのお家に長く住んでおられるほど、その方の人生そのものを感じ取ることができます。柱に刻まれた子供の成長のたびに刻まれたであろう身長を計った時の傷跡は、家族がそこで過ごしてきた歴史を伝えます。

 

ご自分が描かれた絵をたくさん貼っているお家。お花がいっぱい飾られているお家。旅先で買ったペナント(皆さん分かりますか?)が壁一面に貼られているお家。ご自分が登った世界中の山の写真が飾られているお家。自然にそこから話題が始まり、その方の生きてきた歴史が語られます。定年の時に会社から頂いた表彰状を居間の一番目立つところに掲げているお家では、その方が仕事に誇りを感じておられたことが自然に物語られます。

ご自宅に伺うと、患者さんに問診で一生懸命に質問をしなくても、自ずとその方の生きてきた人生を知ることができるのです。

 

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏