NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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前野宏のMind and Heart 第6回

「北見便り Just listening」

前回は、ある日の北見赤十字病院緩和ケア内科外来で出会った若い女性患者さんについてお話ししました。実はその日の午後、今度は同じくらいの年齢の男性患者さんが新患で受診されました。今回はその方のことをお話ししましょう。

彼は奥様の付き添いで車椅子に乗って診察室に入ってこられました。車椅子に乗っていましたが、かなりがっちりとした大柄な方であることは見て取れました。彼は少しうつむき加減でつばのついた帽をかぶっているので、目線が合いません。診察室がいきなり重い雰囲気に変わりました。

彼は消化器がんで3年前に手術を受けたのですが再発し、抗がん剤を受けていました。そして再発部の痛みのコントロールのために私達の外来を紹介され、受診されたのです。こういう状態で緩和ケアの外来を受診される方は「とうとう緩和ケアに来ることになってしまったか。」という思いで来られるのが普通だと思います。彼の雰囲気からそのことが感じられました。彼はあまり目線を合わせてはくれませんでしたが、会話はしっかりとされました。彼の問題点は、薬を飲むことに強い抵抗感があることでした。話をじっくり聴いてゆくと、どうやら消化器内科で処方された鎮痛薬も指示通りには飲んでおられないことが分かりました。それではお薬の効果は十分に出てこないだろうなと思いました。

さらにいろいろとお話を聞いてゆくうちにある事実が分かったのです。彼は小学生の時に病気で入院した病院で、にがい漢方薬を看護師さんに無理矢理飲まされたのだそうです。それ以来、薬に対する強い抵抗感(恐怖心?)が出来上がってしまったようです。そういったお話しを聞かせて頂くまでに小一時間かかったでしょうか。そして飲み薬ではなくても、貼り薬や口の中で吸収される舌下錠といった選択肢あることを一つ一つ説明し、彼と話し合いながら、最終的にはなんとか処方を終了しました。そして、診察が終わろうとしていた時気付いたのは、診察室に入ってくる時に下を向いて目線を合わせようとしなかったこの男性がその時には私の顔をはっきりと見て、ニコッと微笑んで下さったのです。それは感動的なひとときでした。診察終了後、いつも同席してくれている小室看護師(前回も登場しました!)と「彼、最後に笑ってくれましたね。」と同じ感想を共有したのでした。

ただ単に一生懸命にお話を聞くということがいかに大切か、改めて認識させられました。急性期医療の現場ではなかなかそれは出来ないことだと思います。であればこそ、私達緩和ケアの存在意義があるということも感じさせて頂いた患者さんでした。

こういう方々との出会いによって、私達はまた勇気づけられるのです。