コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第22回~
『こんな夜更けにアイスかよ』
30才台の男性患者さん(Aさん)のご自宅に訪問診療をしていました。
がんの終末期で、下肢麻痺があり、ベッドから離れることができない生活をされていました。痛みもつらかったのですが、医療用麻薬を何種類か注射で使用し、完全ではありませんでしたが、何とかコントロールしている状況でした。
Aさんは終末期ではあったのですが、不思議と食欲は保たれていました。彼の一番の楽しみはアイスを食べることでした。「こんなことくらいしか楽しみが無いのです。」と言いながら、毎日黙々とアイスを食べるのでした。アイスの種類もいろいろで、「この辺で売っているアイスはほとんど制覇しました。」と奥さんはニコニコして言われました。
Aさんのケアは笑顔の素敵な奥さんと、ご本人のお母さんお二人でしていました。不思議とお母さんと奥さんはお顔がそっくりなのです。コロナのこともあり、マスクを付けているせいかちょっと見、奥さんもお母さんの娘さんのように見えました。このお母さんもいつもニコニコ素敵な笑顔の方でした。
患者さんが家で過ごすことは、患者さんにとっては最もリラックスでき、ちょっとしたわがままも許される最高の空間です。しかし、ご家族にとっては、ケアの期間が長くなるとどうしても疲労が蓄積してきます。
Aさんのアイス好きでちょっと困ったことは、夜にもアイスが食べたくなることでした。睡眠薬を使って寝て頂いたのですが、あまり睡眠薬を強くすると「無理矢理寝かされているような気になる。」ということで、あまり強くはできませんでした。なので、夜中起きることが多く、そのたびにAさんはアイスが食べたくなるのです。そして、そのたびに奥さんかお母さんが起きてお付き合いするのです。
私が訪問している最中に、Aさんがアイスを食べたくなったことがあります。Aさんは「失礼します。」と言って、アイス選びの儀式が始まります。奥さんがトレイに5本くらいアイスを持ってきます。全部違う種類です。その時には全部アイスキャンデータイプでした。Aさんは真剣な表情で「どれにしようかな。」とキャンデー選びにいそしみます。一度手に取ったのを戻して、別なのを取りました。そして、おいしそうにうれしそうに食べるのでした。それは見ていてとても微笑ましい光景でしたが、夜中に3回もこういうことが起こるとなると、お付き合いする方はかなり大変だなあと思いました。1ヶ月以上経過した頃から、ご家族のお顔にも疲労の色が見られましたが、お二人の顔から涼しげな笑顔が絶えたことはありませんでした。Aさんは約50日間の在宅での生活の後、ご自宅で永眠されました。
ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏