NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第19回~

『感性の完成』

 

柏木哲夫先生は、ケアを提供する者にとって、「感性」の大切さを述べています。そして「感性の三要素」として、「気づき」、「感動」、「行動」を挙げています。

 ある高齢のご婦人(Aさん)ががんの終末期で緩和ケア病棟に入院していました。かなり病状が悪化し、病棟のスタッフは、Aさんが恐らく数日でお亡くなりになるだろうと予想していました。この方には息子さんがいますが、本州在住で、おりからのコロナ禍のために、病棟は面会を基本的にお断りしていました。しかし、お看取りが近くなったので、息子さんにも来て頂きましたが、ずっと付き添って頂くことができません。なおかつ、この方はとても社会的なつながりを多く持っておられたので、本当は多くのお友達、お仲間にも会いたかったのですが、入院中はかないませんでした。

 

ある土曜日のお昼頃、病棟から突然私に電話がかかってきて、「先生、Aさんが退院したら診て頂きたいのですが。」とのこと。私は急なことなので、びっくりしました。話を聞くと、Aさんの退院について、Aさんを受け持っている看護師が提案したということでした。

 

当初、Aさんは最期まで自宅で過ごすということも考えたのでしたが、遠方の息子さんや他のご家族が家で患者さんを介護することはとても難しい状況で、残念ながら断念したのです。そしてAさんは、お家での生活が困難になった段階で、緩和ケア病棟への入院を選択したのでした。しかし受け持ち看護師は、残された時間が数日となり、短期間であれば、本州から来ている息子さんも含めて、ご家族が頑張れるのではないか。そして、多くの知人や親戚にも家であれば自由に会えるだろう。ということを考え、ご本人とご家族に提案したのです。まさかそのようなことが実現できるとは思っておられなかったご家族は、その提案を受け入れ、急遽退院の話が進みました。そして、Aさんは月曜日の午後に無事退院し、家族水入らずで過ごし、大切なお仲間や親戚にも会うことができ、水曜日の朝に愛するご家族に囲まれて、お亡くなりになったのです。

 

たった二日間のご自宅での生活でしたが、ご家族としてはAさんからの最期の素敵なプレゼントになったのでした。ご家族が大変喜んでおられたのは言うまでもありません。

 

大胆な提案をした受け持ち看護師も素晴らしかったですが、それを聞いて週末にもかかわらず、いろいろと手配し、退院を準備した病棟のスタッフ、そして、それを二つ返事で受け入れた在宅チーム、見事な連携でした。

まさに、受け持ち看護師の「気づき」に始まり、皆が「行動」した賜でした。

 

柏木先生は、「気づき」と「感動」だけではだめで、「行動」が伴わないと「感性」は「完成」しないと言っています。受け持ち看護師の素晴らしい感性のなせる技でした。

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏