NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第12回~

『Psychological Safety (心理的安全性)』

 

ホームケアクリニック札幌設立から10年間、私と共に労苦して下さったMSW(医療ソーシャルワーカー)の提箸秀典さんのことをお話ししたいと思います。彼は優秀なMSWとして働いていたのですが、残念なことに50才の時にがんにかかってしまいました。彼はそれから手術を6回、その間に化学療法を受けるという壮絶な闘病生活を送りました。しかし、残念ながら病状が進み、最期に札幌南徳洲会病院ホスピスに入院しました。彼は仕事において多くの終末期患者さんと接してきましたが、最期にご自身が終末期患者となったその思いをたくさん語ってくれました。その中で最も印象深かった言葉が次のものです。「急性期病院と違って、ここ(ホスピス)は「ここにいてもいいんだ」と思うことができる。安心して過ごすことができます。」彼は、急性期病院で慌ただしく入退院を繰り返してきましたが、残念ながらそこは「安心して」過ごす場所ではなかったのです。そして、最後にたどり着いたホスピスで彼は「安心」を得たのです。私たちホスピス緩和ケアに携わる者は、患者さんが「安心」できる場を作り出すように努力をしなければならないのです。

 

“Psychological Safety”という概念が最近注目されています。その概念によると、「safeな場」とは、チーム内で各人が自分の思っていることを言い合えるような環境を指します。誰か権威的な人がいて、その人の前では自分の言いたいことも言えないような環境は「safeな場」ではないのです。スポーツの分野でも良いチームは選手がお互いに自分の意見を言い合えるような「safeな場」が重要視されてきました。そしてそれは医療チームにおいても同様です。特にホスピス緩和ケアのチームにおいては、いろいろな職種のスタッフが意見を出し合ってケアの方向性を決めてゆく事が重要なので、チームにおいて「safeな場」を作ることはとても重要です。

 

「safeな場」は医療チームにとって大切なことですが、そればかりではなく、患者さんと医療者の関係においても重要です。患者さんは特に医師に対してとても気を遣われます。「こんなことを聞いたら嫌がられるのではないか。」とか「先生はお忙しいからこんなつまらないことを言うのは止めよう。」などと考えます。ですから、私たち医療者は患者さんが「どんなことでも聞いてください。どんなことでも言ってください。」という雰囲気を醸し出さなければなりません。

特にホスピス緩和ケアに携わる医療者はそのことを常に大切にしなければならないと思います。

 

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏