NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第11回~

『ユーモアの力』

 

 

柏木先生のご講演で「人間力」が取り上げられた時、10の項目の中で最も力を込めてお話しされたのが、「ユーモアの力」です。

 

柏木先生くらいユーモアのことを“真面目に”説いた医師は今までにいなかったと思います。ユーモアに関する著書も多くあります。柏木先生ご自身が「ユーモアの3部作」と呼んでいるのが、古いものから、「癒やしのユーモア-いのちの輝きを支えるケア」、「ベッドサイドのユーモア学」そして最新刊である「ユーモアを生きる-困難な状況に立ち向かう最高の処方箋」の3冊です。3冊とも柏木学の真骨頂とも言えるものだと思います。

 

さて、講演の中で柏木先生は「ユーモアの力」について、V.E.フランクルの文章を引用して「ユーモアは人間だけに与えられた、神的と言って良いほどの崇高な能力である。」、「一見、絶望的で逃れる途が見えないような状況においても、ユーモアはその事態と自分との間に距離を置かせる働きをする」、「ユーモアによって、自分自身や自分の人生を異なった視点から観察出来る柔軟性や客観性が生まれる」と述べています。これらはユーモアの持つ「自己距離化」の力であるとも述べています。また、ドイツのユーモアの定義に、「にもかかわらず笑うこと」「愛と思いやりの現実的な表現」というものがあり、柏木先生はいつもこの言葉を意識していると述べています。

 

私はホスピス医になったばかりの時に柏木先生の回診に同行していたのですが、彼の回診にはいつも笑いがありました。そしてそれは単にだじゃれを言って周りを無理に笑いに引きずり込むのではなく、周囲の緊張感をほぐし、温かい雰囲気を醸し出していたと思います。

 

そのいくつかの例をご紹介しましょう。

ホスピスに入院していた患者さんが症状が落ち着いたので退院の話が出ました。しかし、患者さんは「先生、退院はしたいのですが、あまり自信がありません。」と言います。すると、柏木先生は「それじゃあ、私が太鼓判を押しましょう。」と言います。患者さんは不思議そうな顔をして、「お願いします。」と言います。すると、柏木先生は隠し持っていた「太鼓判(こういった時のために特注で作った特大のはんこ)」をやおら出して、患者さんに見せます。患者さんは一瞬何が起こったか分からず、きょとんとしていますが、事態が分かって、大笑い。となります。

 

また、病棟では患者さんが誕生日を迎えられると花束とバースデーカードを送るのが習慣となっていました。ある時、入院中のご高齢の女性が誕生日を迎えられました。その時に用意されていたプレゼントの花束を贈りながら「○○さんの為に花束を贈ります。このかすみ草は丁度○○さんの年齢の数だけ用意しました。」と言うと、大笑いになりました。この話には後日談があり、その次に柏木先生がその方の回診に行くと、「先生、あの後お花の数を数えたら、丁度年の数だけありました。」とその方が言われました。また大笑いです。柏木先生のユーモアが、患者さんの気持ちをも明るくしたのです。

 

私には柏木先生の様な素敵なユーモアセンスがありません。ある時、私が柏木先生に「先生、どうしたら先生の様なユーモアのセンスが育つのですか。」などと野暮な質問をしました。彼は「思いついたことを、思い切って言ってみることです。そのうちに身についてくると思います。」といったことを言われたと思います。

それから、20年近くが経ったのですが、未だにユーモアに自信がない私です。

                             ホスピスにこころ研究所 理事長 前野 宏