NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第9回~

『もう、そろそろいいかな』

 

前回は多くの患者さんが「家族に迷惑がかかるので」と言われることを書きました。今回も終末期患者さんの多くが言われる言葉をご紹介します。それが「もう、そろそろいいかな。」です。表現はいろいろです。「もう終わりにしてほしい。」「もう十分です。」「早く楽になりたい。」

 

私達医療者は患者さんからこういう言葉を聞くと驚くと共に、がっかりもします。患者さんが少しでもご希望に添って楽に過ごして頂きたいと願いつつケアを提供しているのですが、患者さんの「もう終わりにしたい。」という言葉は私たちのケアを否定されたような気になるのです。

 

このような言葉はいろいろな状況で出てきます。ある60歳代男性の患者さんは悪性黒色腫というがんの一種が顔面にできてしまい、手術もできなかったため、顔の半分を腫瘍が覆っている状態です。幸い、痛みは無いのですが、いつ出血するか分からず、口もほとんど開かないために、ストローで水分を摂るのがやっとの状態です。何より見た目がひどく、病室は腫瘍から放たれる臭気で具合が悪くなるほどです。そんな患者さんの口から出てきた言葉が「つらいんです。だらだら生きていたらみんなに迷惑がかかる。」でした。その言葉を聞いて、私は「本当にそうですね。」と言葉には出さずに心の中で思いました。この患者さんのように誰が見ても生きることそのものがつらいということが共感出来る場合もありますが、違った場合もあります。

 

ある70歳代の女性患者さんは、だるさはありますが、日中うとうと過ごしていれば体の苦痛はそれほどでもありませんでした。ある時彼女は回診で、「そろそろいいかな。この先しんどいことがあるのはいや。」と言いました。この方は本当は家に帰りたいのですが、自分が家に帰ると孫がまだ小さい娘達に迷惑がかかると考え、それもできない。つまり、将来に対する希望が見当たらないのです。

 

また、ある患者さんは「もうやりたいことはやったし、何も思い残すことがない。もう十分だ。」と言いいました。今までの人生を振り返って、満足感を感じながら、そのような言葉を言われたのだと思います。それは聞いていて、納得してしまう言葉でした。

 

「もう、そろそろいいかな。」「早く終わりにしたい。」といった言葉に対して、私たちは答えを持ちません。いや、その場しのぎの言葉はむなしいだけで、それよりは何も言わない方がいいでしょう。むしろ、そのような胸の内をお話し下さったことに対し、「良く、お話し下さいましたね。ありがとうございます。」と感謝すべきだと思います。ただ、患者さんの言葉が意外なものであれば、「どうしてそのように思われるのですか。」と聞いてみるのが良いでしょう。患者さんとの間に信頼関係があれば、さらに心の内を明かして下さるかもしれません。そういう会話を通して、患者さんと医療者との関係が深まるのであれば、それもありがたいことです。

  ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏