NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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前野宏のMind and Heart 第3回

「村上明子さんのインタビュー-その2-『明子さんのピアノタイム』」

当グループは2年前に札幌市清田区平岡の地に新築移転致しました。その際、3階ある病院の各フロアと地域緩和ケアセンター(ルイカ)に合計4台のピアノを設置しました。その年の9月からそれらのピアノを使って、毎週「明子さんのピアノタイム」で村上さんが患者さんを前に演奏して頂きました。今回はピアノタイムについてお話しして頂きました。

 

前野:当グループの理念である「ホスピスのこころ」を表す「三つのH」とはHospitality(おもてなし),Healing(癒し),Hope(希望)です。私は音楽はその全部に関わってくる大切な要素だと考えています。アンサンブルグループ奏楽の代表である岩崎さんのご尽力によって、各階にピアノを設置することが出来ました。患者さんにとっては階を移動しないでピアノの元で生の音楽を聴くことができるのはとてもありがたいことだと思うのですが、ピアニストにとっては同じ曲を何回も演奏しなければという事で、大きな負担がかかると思います。村上さんと事前に話し合った時にそれをやって頂くことになって、ルイカも入れると4回演奏して頂くことになります。最初からそのスタイルは何も変わっていませんね。

村上:ただ単に同じ曲を30分、4回弾くというのはすごく大変ですが、ピアノがそれぞれの階で違い、聴いてくださる方も違うので、同じ曲を弾いても毎回違う気持ちになりました。それぞれ、楽しさがあります。

前野:大変じゃなかったですか。

村上:大変は大変ですけれど、それより、今日はこの階にどんな方がいらっしゃっているのかなとか、皆さんの様子はどうかなといったことを考えながら、じゃあどうやって弾こうかなとか、同じ曲でもちょっとテンポを変えたり、音量を変えたり、そういう工夫が出来る楽しみがありました。

前野:毎週、曲を選んだり、準備をされたりというのは結構大変な労力だったんだろうなと思うんですが。

村上:楽ではなかったですね。(笑い)苦労したのは二つあって、一つはプログラムを考えること。弾きたい曲がある時はスムーズに出て来るのですが、だんだんアイディアが尽きてくる。季節や行事、その時話題になっているもの、自分の気分など、きっかけがないと閃きにくくなります。1個閃いて3曲くらい決まっても、その後どのようにしようかといったプログラムの構成を決める大変さと、もう一つは練習時間の確保がやはり大変でした。

前野:連載小説を書いていて、締め切りに追われる作家の気分ですね。

村上:慣れている曲は楽しめるけれど、初めての曲はとても緊張しますし、でも、苦しみもまた楽しいというか、自分の経験にも勉強にもなって、結局は良いことばかりなのですが。

前野:コロナで何回かお休みしたけれど、村上さんの都合で休んで事はなかったんじゃないですか?

村上:1回だけあります。ずいぶん前から決まっていたお仕事があり、始まったばかりの時に1度だけ。

前野:約2年間になりますが、すごいことですね。

村上:どうしてそれが出来たのかなと考えると、患者さんがいつ亡くなるか分からないという、今を生きるということを教えて下さったからだと思います。リクエストも今度ではなく、今できるならやろうということを教えてくれたのはピアノタイムです。

前野:リクエストは結構ありましたか。

村上:ありましたね。たくさんありました。振り返ると、リクエストの半分は知らない曲で、弾いても弾いても初めて出会う曲の多さに圧倒されました。

 

前野:2年間、ピアノタイムをやってこられて、感想とか学んだことを教えてください。

村上:ありすぎますね。(笑い) 「人に寄りそって行く」ということを身をもって教えて頂きました。その人に寄りそって演奏をするというのは、言ってみれば、「チューブにでも入っていくような感じ」。私の中では、広がって行くと言うより、何か筒の中に入って行くような感じなんです。演奏しているうちにその筒の中に入っていけると一体感になれた感覚になります。自分が気持ちよく弾いている時にはもしかしたら患者さんは心地よくないのかも知れません。私が開放的になっているだけなのかも知れない。コンサートホールで弾くのとは違う感じです。それが、他では出来ない経験でした。 そして、当たり前の事なのですが、ピアノタイムを通して、よりそれが確かになったことがあります。心をきれいにしておかなければと思いました。具合の悪い方というのは何か自分にはないものが見えるんだろうなと、見透かされているような気持ちになったことがあるんです。雑念を消す、そうですね、お坊さんの「無になる」というのに近いのでしょうか、自分の事情とか感情とかを抜きにして、いかにまっさらになるかということが試されたような気がします。

前野:音楽を通して患者さんと繋がるというようなことなのでしょうか。そういったことは選曲から始まりますね。明るすぎてもいけないし、暗すぎてもいけない。それも人によって違いますしね。

村上:それもすごく感じました。本来の自分ではない事をすると見透かされる。その人にとって癒やしにならないと思います。

前野:それは普通の演奏会とは違うんですね。

村上:違いますね。空間なのか距離なのか、患者さんの置かれている状況なのか。私が気にしすぎなのかも知れませんが。 実は私は毎週ここに来ることで、自分を元に戻せるんです。いろいろなことがあっても、ここに来ると一旦リセットされるのです。

前野:最近の言葉で言うと、自分を「整える」ということでしょうか。

村上:本当に「整える」です。前にも話したことですが、これまでは病院に行くと疲れることがほとんどでした。でも、ここに来るとスッキリして、まるでサウナに入った後のようにスッキリとするんです。活力になります。(笑い)不思議ですよね。病院って、病人のいる所なのに。それは患者さんばかりでなく、スタッフの皆さんの出している空気もそうさせるのかもしれません。病院に行って嫌な気持ちになるのは何でだろうと思うのですが、スタッフの方やお医者さんとのコミュニケーションや関わり方が原因であるところがあると思います。私はここに来て、一度も嫌な思いをしたことがないのです。

前野:そう言って頂けるとうれしいです。普通、病院は医療者から患者さんに何かを提供するところだと思うのですが、実は患者さんから私達は影響を受けます。「ホスピスのこころ」は私達医療者が患者さんの目線でものを考えたり、行動したりするという考え方ですが、私達が患者さんからケアされたり、力を得たり、喜びを与えられたりということが沢山あるんです。それは表面的なことではなく、深い静かなことだと思います。今のお話を聴いていると、演奏している方も患者さんからのパワーを感じて、整えられるということなのかもしれませんね。