NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第18回~

『悲しくない自分がおかしいのでしょうか?』

 

「悲しくない自分がおかしいのでしょうか?」この言葉は、ご主人を自宅でケアし、お看取りされた奥様が、私が往診でかけつけた直後に言われた一言です。その時の奥様の穏やかな微笑みがとても印象的だったのを覚えています。

また、先日お母様をご自宅でお看取りされた娘さんがご挨拶に私たちのクリニックにお越しになった際にも、全く同じようなことをおっしゃっていました。

 

愛するご家族をお家でお看取りされた方が、どうしてこのようなことを言われるのでしょうか。一般市民の方は、愛するご家族が亡くなった時には、きっとものすごく悲しいはずだと思っているでしょう。恐らく、テレビドラマなどで患者さんが亡くなる時に、ご家族がワッと泣きながら遺体にすがりつくようなシーンを思い描いておられるのだと思います。実際、病院でのお看取りの際はそのようなことも多く見られます。私自身も、父が大学病院で亡くなった時には号泣したことを覚えています。

 

しかし、ご自宅で患者さんをお看取りした直後のご家族は、悲しいながらも患者さんの希望を叶えることができた達成感と満足感が強く、強い悲しみを表すことは必ずしも多くはありません。

 

ご家族にとっては、終末期の患者さんをお家でケアし、お看取りするということは、大変な苦労を伴います。肉体的にも精神的にも大きな負担がかかります。そもそもほとんどのご家族は以前にそのような経験をしたことがありません。初めての体験なのです。ですから、在宅緩和ケアを開始する時点で、患者さんをお家で最期まで、つまり亡くなるまで看ることを決めておられるご家族は多くはありません。「本人が望むなら家で看取って上げたい。」と思ってはいるが、実際問題とても自信が無くて、「最期はやっぱり病院に入院してもらおうかな。」と思っておられるご家族が多いのです。

 

しかし、多くの不安を抱えながらも、訪問看護師の温かい、励ましとサポートを受けながらケアを続けてゆくと、やはり患者さんは自宅が良いので入院したいとは言いません。そして、ご家族にとっても段々ケアにも慣れてくるし、患者さんが入院して病院に通うよりも、家にいてくれた方がむしろ安心だと思うようになります。そして、患者さんにとって一番良いことをしているのだという気持ちが何よりの支えになります。

 

ご家族がお看取りの経験が無いことの不安に対しては、患者さんの病気が進んで、残された時間がそろそろ1週間以内かなというようなタイミングを見計らって、訪問看護師がご家族にお看取りの説明をします。パンフレットを用いて、今後患者さんに起こる変化、そしてその際にご家族に行って欲しい行動を説明します。この時点でご家族は患者さんを家でお看取りする覚悟をし、日々起こってくる患者さんの変化に対応することができるのです。

 

お家で愛する人をお看取りしたご家族の表情は、時にすがすがしくさえあります。

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏