コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第16回~
『グリコのおまけ』
在宅医療では病院の医療では経験できない思わぬプレゼントを頂くことがあります。
ある終末期の女性患者さんの孫娘さんはピアノの先生でした。私が大のクラシックファンであることを知った彼女は、ある訪問診療の際、診察が終わってから、「先生、もう診察終わりました?」と言われました。私が「はい。」と言うと、彼女は「それでは、ちょっとだけお時間を下さい。」と言って、患者さんのベッドがある居間の隣のお部屋にある、かなり年季の入ったアップライトピアノを弾き始めました。患者さんとその娘さん(お孫さんのお母様)と私はしばしの間、突如実現したホームコンサートを堪能したのでした。
演奏が終わり、お孫さんは「感謝を表したくて。私にできるのはこんなことくらいですから。」と言われました。私は、「私にとっては最高のプレゼントです。まるで「グリコのおまけ(ちょっと失礼な表現だったかもしれませんが)」ですね。」と言いました。お孫さんは「グリコのおまけ」のネーミングがえらく気に入ったようで、これ以降、訪問診療のたびに「先生、今日も「グリコのおまけ」用意しました。」と言って、1曲プレゼントしてくださいました。私も(まさに)味を占めて、毎回のこの患者さんの訪問診療が「グリコのおまけ」のためにとても楽しみになったのです。
ちなみにどんな曲を弾いてくださったのかお教えしましょう。
「グノーのアベマリア」「愛の賛歌」「モーツアルトのピアノソナタ」「「キャッツ」から「メモリー」」「ショパンの「ノクターン」」そして、患者さんがお亡くなりになった後、「カッチーニのアベマリア」
お孫さんは、「アベマリアで始まり、アベマリアで終わりました。」と言われました。どの曲も思い出深いのですが、患者さんが亡くなる3日前に弾いてくださったショパンのノクターンは特に思い出に残っています。その日は、患者さんの意識がかなり低下していました。それでも彼女はお孫さんの演奏をしっかりと聴くことができたのです。その演奏はお孫さんにとって、もうすぐ地上での永遠のお別れになるであろう、愛するおばあさまに対する鎮魂の気持ちが込められた実に感動的なものでした。
私にとって、この患者さんと関わらせて頂いた1ヶ月間の忘れられない思い出として、「グリコのおまけ」は一生の宝物になりました。こういった思わぬプレゼントを頂くことができるのも在宅医療の醍醐味なのです。
ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏