NPO法人 ホスピスのこころ研究所

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コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第25回~

『歌う回診』

 

2020年のクリスマスシーズンは、ホスピスの風景もいつもと違うものになりました。

私は医師になってからほぼ毎年必ずしていたことがあります。それは、病院職員による即席の聖歌隊を編成して患者さんのところを訪問し、クリスマスの賛美歌を歌うのです。「キャロリング」と呼びます。当院でも私が院長に就任した時から毎年行ってきました。当初は、事前に何日間か練習が必要でしたが、数年たった頃からはキャロリングを行う前の1時間くらい練習すれば大丈夫。レパートリーは毎年「もろびとこぞりて」「グローリア」「きよしこの夜」の3曲でずっと同じですが、混声4部合唱で、なかなかなものです。いつも医療者として働いている医師や看護師達が歌う姿に患者さんやご家族はとても感激して下さいます。

 

その後、私がホームケアクリニック札幌を開設してからは患者さんのご自宅を回るキャロリングも始めました。皆さん、歌のクリスマスプレゼントを大いに喜んで下さいます。

しかし、2020年はコロナ禍のため、患者さん、ご家族の前で合唱をすることは断念しました。

大変残念な事でした。しかし、実はちょっとだけ歌ったのです。

 

私のホスピスでの回診は毎週金曜なのですが、2020年12月25日が丁度金曜だったのです。病状が悪くなって、意識状態が下がっていたある若い女性の患者さんがいました。いつものように、回診のメンバーが車座になって、その患者さんの周りに座りました。すると、臨床心理士の阿曽先生が「クリスマスソングを歌いませんか。」とおっしゃったのです。私は「そうだ、今日はクリスマスだ」と思い出し、「きよしこの夜」を歌いました。阿曽先生も唱和して下さいました。他のメンバー達はいきなりのことで、ちょっとビックリしたようで、声が出ていたかどうかは不明です。その女性の患者さんには、きっと私たちの「きよしこの夜」が聞こえていたでしょう。この日の回診では、何人かの患者さんのところで「きよしこの夜」を歌いました。一緒に大きな声で歌って下さる方もいました。皆さん、喜んで下さいました。

 

回診で歌を歌う。初めての経験でしたが、歌が好きな患者さんにとっては、良いプレゼントになるなと思いました。それを機に、回診で時々歌を歌うようになりました。

80才台の女性患者さんがいました。彼女は声楽のトレーニングを受けていた方で、ホスピスのお茶会などで何度か「オーソレミヨ」を独唱されたり、指揮をされたりするような大の歌好きの方でした。ある日の回診の時に、たまたま枕元に日本の歌の歌集があったので、「何か歌いましょう。」と言って、眼に止まった「砂山」を歌ったところ、彼女は指揮をしながら、朗々と歌われたのでした。

 

ちょっと味を占めた私は、訪問診療で伺っているある80才台の女性患者さんが女学校時代に合唱をしていたという事を伺ったので、即席で「ふるさと」を歌ってみました。すると、この方も大きな声で歌われました。実は彼女は認知症があって、ちょっと前の会話も忘れるほどなのですが、昔覚えた歌はしっかりと歌われるのでした。感動のひとときでした。

「歌う回診」ちょっとやみつきになるかも。

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏