NPO法人 ホスピスのこころ研究所

お問い合わせはこちら 011-803-4254

コラム「前野宏のホスピスのこころ」~第24回~

『こもり人と寄りそい人』

先日、NHKテレビで「こもり人」というドラマを観ました。フィクションではありますが、多くの関係者からの取材を元にNHKの総力を挙げて作られたのと、主役の松山ケンイチとその父親役の武田鉄矢の迫真の演技も相まって、大変内容の濃い、インパクトの強いドラマでした。

現在、我が国における「引きこもり」の人の数は100万人以上と言われ、特に40才以上の中高年層の引きこもりの人は60万人を超えるとされています。いわゆる「8050」問題(80才の親が50才の引きこもりの子供を養っている現実)が言われていますが、最近ではそれをさらに越えて、親が死んだ後、残された子が衰弱死する「ひきこもり死」が顕在化し、大きな問題となっています。

 

ドラマの中で、松山ケンイチが演じる倉田雅夫(40)は家で10年以上ひきこもりの生活をしています。武田鉄矢演じる父親の倉田一夫は元教師で社会的信頼が大変厚い人でした。妻が亡くなって雅夫と二人で一軒家に生活し、雅夫の身の回りの世話はしているのですが、世間体を気にして雅夫のことは世間からひた隠しに隠していました。しかし、一夫は自分が胃がんのステージ4と分かり、自分の余命が短いことを知り、もう一度雅夫と向き合うことを決意します。

孫の未咲からいろいろと情報を得て、引きこもり経験者の集まりに出かけ、ひきこもり体験談を聞いたりすることを通して、受験や就職がなかなかうまくいかない雅夫に対し、厳しい言葉を浴びせていた自分自身が雅夫を引きこもる原因を作り出していた張本人であることを悟ります。

ある時、雅夫が自殺をほのめかすのですが、「自分は生きていてはいけないんですか」と叫ぶ雅夫に対して、一夫は「お父さんなりに、君を大切にしてきたんだ。頼む。生きていてくれればいい。それだけでいいんだ。一緒にお家に帰ろう。」と涙ながらに訴え、一夫を抱きしめようとしますが、その場で吐血して倒れてしまいます。一夫は救急車で運ばれますが、そのまま帰らぬ人となってしまいます。

 

ドラマの最後のシーンは一夫の葬儀のお寺の場面ですが、雅夫はメモを読みながらたどたどしい言葉ではありますが、「父は自分のために最後まで尽くしてくれました。」と会葬者にあいさつするのです。

ひきこもる人は生産性を追求する現代社会の中で、価値のない存在として考えられています。しかし、一夫が雅夫に対し、上から目線で動かそうとしてもかえって、二人の溝が深まってしまったのに対し、一夫の方から雅夫の目線まで降りて行き、寄りそおうとした時に、雅夫の気持ちは変えられました。結局、雅夫の存在を通して一夫が変えられ、一夫が変わったことにより雅夫も変えられたのです。

 

「ホスピスのこころは弱さに仕えるこころ」です。強い者が弱い者を上から目線で動かそうとしてもかえってお互いの距離が離れてしまいますが、強い者が弱い者に寄りそう努力をし、弱い者の気持ちを聞かせて頂くように努める時、その方の心が開かれる可能性が生まれるのです。「ホスピスのこころ」は医療の現場だけではなく、普遍的な真理なのだと思います。

ホスピスのこころ研究所 理事長 前野 宏